2018.06.26. | 

食を通して地域と東京をつなぎ、多様性のあるコミュニティをつくりたい

「一つのことを多様な視点で語れる社会、多様性と共存できるコミュニティを創りたい」。2017年4月にブランディング、マーケティング支援を行うdot button company(ドットボタンカンパニー)を立ち上げた中屋祐輔さんから、お話をうかがいました。

アパレル、IT企業を経て気づいた、両方に共通する言語

「けものカフェ」や「水を得た魚祭り」、そして「究極のハンバーガーを全力で食す会」など、思わず行ってみたくなるキャッチーな名前のイベントを次々と企画・プロデュースしている、dot button company(以下、ドット・ボタン・カンパニー)。大手アパレル企業、ヤフー株式会社で活躍していた中屋祐輔さんが、2017年4月に立ち上げた会社です。

イベント名を聞くと、とにかく楽しくて美味しそうで、そして、実際に行ってみるとその通りなんですが、実はこれらのイベント、美味しくて楽しいだけではありません。地域が抱えているちょっと取っつきにくいような問題をだれにでも親しみやすい形で提起していたり、“食”を通して地域と東京、そして人と人とをつなぐ役割を果たしたりしています。

 

中屋さん:アパレルとITの会社にいて気づいたのは、社名のドットもボタンも、両方に共通する言語なんです。ドットはアパレル業界ではドット柄をイメージするけれど、ITの世界では.comのドット。同じように、ボタンは洋服のボタンでもあり、スイッチのボタンでもあります。
同じ言葉でも聞く人の背景や立ち位置によって、想起するものが変わるんですよね。一つのことを多様な視点で語れる社会、多様性と共存できるコミュニティを創りたい、そんな思いで会社を立ち上げました。

 

ヤフー時代には東北大震災で被災した宮城県石巻市を拠点とした若手漁師集団「FISHERMAN JAPAN」のファンクラブづくりや、熊本地震の被災地で使われたブルーシートを活用したバッグ「BLUE SEED BAG」をつくる復興プロジェクトなどを手がけてきた中屋さん。

今や、ドットボタンカンパニーが関わっている地域は、宮城、熊本にとどまらず、北海道、福島、島根、高知、長崎、宮崎など各地へ広がり、日本のあちこちでさまざまなプロジェクトが進んでいます。中でも力を入れているのが、地域の生産者と東京とを“食”を介してつなぐイベントです。

 

中屋さん:地域の事業者の方ってすごくいいものを作っているんですけど、東京の人との接点や食べてもらったりする機会が少ないために、『これが東京で売れるのかな』って自信を持てないでいるんですよね。でも、イベントをやっていい反応がもらえると、自信がついてブランド意識が高まったり、視点が広がって新たなことにチャレンジできたりするんですよ。自分たちが地域と東京をつなぐきっかけを作ったことで、事業者が新たな一歩を踏み出して飛躍していく姿を見られるのは、やっていて一番うれしいことですね。

 

 

目で消費できる料理で、食材の持つ可能性と、生産者の新たな視点を切り拓く

そんな地域の生産者と東京にいる消費者の交流を目的に、福島県の生産者を応援するファンクラブ「チームふくしまプライド」と共に今年3月に東京・恵比寿で開いたのが「福島の底力 究極のハンバーガーを全力で食す会」です。

究極のハンバーガーはなんと30食限定! こだわりを持った若い生産者が丹精込めて育てた野菜本来の美味しさを味わえるように考えて作られたハンバーガーは、自分好みの野菜をセレクトできるスタイルで提供。野菜の味も全体としての美味しさも、そして野菜の斬新な見せ方も大変な評判となりました。

 

中屋さん:食べて美味しいというのはもちろんなんですけど、イベントでは“目で消費する”というのが特徴だと思うんです。今は写真を撮らないで食べる人よりも、写真を撮って食べる人の方が圧倒的に多いですよね。だから究極のハンバーガーをつくるときも、プロデュースをお願いしたMo:take(モッテイク)さんに、野菜を映えさせるためにはどうしようかと相談したんです。
そしたらなんと“食べられる土”をつくってくれちゃった。その上に野菜を並べて、まるで土に野菜が植わっているような見せ方をしてくれて。坂本さん(Mo:takeのシェフ)やったな!って思いましたね。見た目が土なので、最初はお客さんも土を避けて食べてたんですけど(笑)、実はつけて食べるとすごく美味しいんですよ。

そして、それまでは野菜を美味しいか美味しくないか、新鮮か新鮮でないか、という視点でしか見てこなかった生産者たちにとって、見た目でこんなにも変わるんだ、自分たちの食材にこんな可能性があるんだ、という衝撃はものすごく大きかったと思います。そうすると、自分たちのものをもっとよく見せたいとか、東京のイベントにどんどん出して行こうとか、それが新しい切り口を考えるきっかけになっていきます。
さらにはそこからどんどんブラッシュアップされて、もう自分たちの代で農家をやめようと思っていた人たちが『後継者がほしい』とか『もっとやってみよう』と思えるようになってくれると、イベントをやった価値がすごくあったな、と思いますね。

 

イベントではトークタイムも設けました。ふくしまの農業プロフェッショナル集団「COOL AGRI」で活躍する生産者の方たちが、畑でやっているビアガーデンや、リンゴやモモの花を見ながらのお花見などのツアーなど、ふくしまの魅力を語ってくれたところ、これをきっかけに実際に東京から福島まで遊びに行った人たちもいたそうです。

 

中屋さん:観光地に旅行に行っても景色を見て終わりだけれど、こうやって知り合ったりすると、親戚のところに通うみたいな感覚で、何度も遊びに行くようになるんですよ。そうすると地域の人とそれ以外の人たちの流動性が出てくると思っています。だから生産者さんに東京に来てイベントをしてもらって、そこで人が出会ってつながって、動いていく、というのをどんどん増やしていけたらいいなと思っています。

 

 

3日間のイベント「けものカフェ」から生まれつつある、全国への広がり

そして、どの地域も抱えている課題に新しい形で取り組んだのが、2017年5月に開催した「けものカフェ」です。

南伊豆を拠点とした民間の獣肉処理施設、森守の肉を使ってMo:takeが料理したジビエ料理「鹿肉とクレソンのバーガー」も「猪肉のソーセージとたっぷりスプラウトのホットドッグ」も、連日売り切れるほどの大人気。イラストレーターのおさだかずなさんが描いた動物やけものの愛らしいイラストやオリジナルグッズ、無添加・イノシシ脂のたつま石鹸もカフェの中を彩りました。

けものカフェは、一見美味しくておしゃれな3日間のポップアップショップでしたが、これも「けものと生きる」をテーマに、鳥獣が人や作物にもたらす被害「獣害」を身近に感じ、考えてほしい、という願いが込められたイベントで、夜にはトークイベントも開かれました。

 

中屋さん:地方に行ったら、100%と言っていいぐらい、けもの関連の問題があるんです。でも、都市部に住む多くの人にとっては関係ないし、そもそも、問題そのものを知らない人も少なくありません。そして、猟師や獣肉を処理する人、ジビエ料理を出す人など、それぞれが頑張って取り組んではいるけれど、お互いがつながってなかったりするんですよね。
でも、けものカフェをきっかけに獣害に取り組んでいる人が話を聞きにきてくれたり、実際に熊本で大学生がけものカフェをやってみたいと言ってきてくれたりと、動きが広がりつつあります。
熊本では、農家をしながら猟師もする「農家ハンター」という活動が盛んになってきていて、県内40カ所に仕掛けられたわなにけものがかかると、24時間LoTカメラからハンターにその写真が送られてくるんです。すると近くにいるハンターが狩りにいくという仕組みなんですが、けものの肉って人間が食べられる部位ってそんなに多くないんですね。
それが、けものカフェをきかっけにいろいろな人がつながったおかげで、人は食べられない部分をペットフードにしたり、ジューサーから出た柑橘類のカスと混ぜてソーセージをつくろうとか、どんどんアイデアも出てきているんです。

 

もう一つ、けものカフェがほかのイベントと大きく違う点は、特定の地域と結びついたイベントではなかったので、全国どこでも展開できる可能性があるということ。

 

中屋さん:けものカフェというビジュアルとキャッチコピーはあるけれど、中身は特定していないんです。なので、地域に合わせてカスタマイズできると思っています。意図していたわけではなかったですけど、いろいろな地域に応用できそうで良かったです。

 

 

次なる展開は、地域ならではのロケーションを生かしたプレゼンテーション!

生まれ育ちは大阪ながら、香川と高知に田舎があり、何もない限界集落のような地域を肌で感じてきたという中屋さん。今は東京で仕事をしながら、月に2、3回、長いときは2週間ぐらい地域に滞在するそうです。

 

中屋さん:地域、特に離島に行くと時間の流れが全然違って、すごくぜいたくだなと思ったりします。現地で食べる食材は味が全然違うし、収穫を体験して初めて苦労もわかるんですよね。何の音もしない静かなところで一日作業している人たちは、同じものを見ても、彼らの感じ方と僕らの感じ方って違うんだろうなー、とも思いますね。

 

そして、中屋さんのように、都市部に住みながら地域の良さを見つける人のことを「風の人」と言うそうです。

 

中屋さん:よく、地域活動の3つの役割と言われるんですけど、ずっとそこに住んでいる土の人、外からタネを運んできたり第三者目線で地域の魅力を再発見する風の人。そして、タネに水をやって育てるためにお金を引っ張ってきたりする水の人、があります。僕らは風の人的な立ち位置でいろんな地域に入っていくのですが、どうやって継続的にコミュニケーションを取れるか、ということを大事にしています。
地域とは物理的な距離があるので、例えばプロジェクトが終わるとそれ以降は会わなくなるケースが多いんですが、僕たちは、忘れたころに必ず連絡する、ということを継続的にやっています。地方に行くとよく、最初は手厚くやってくれたのに終わったら急に引いちゃった、という話を聞くんですけど、そうならないようにしたいと思っています。

 

その姿勢こそが、中屋さんに各地から声がかかる理由であり、中屋さんという人、そしてドットボタンカンパニーの魅力なのでしょう。さあそして、これからはどんなイベントや展開を考えているのでしょうか。

 

中屋さん:これまでは地域の食材を東京で紹介するというイベントがメインでしたが、次は東京のイベントでやったものを地域に持って行って、地域の人たちにも見てもらいたいですよね。そして、無人島だったり、畑だったり、現地のロケーションを生かしたプレゼンテーションができると、見た目としても、もっともっと可能性が広がるんじゃないかと思っています。

 

無人島の砂浜の上や、みかんの木の下でお披露目される見た目にも美しい料理。
地元では当たり前の食材がこんなステキな料理になるの!?と驚く生産者たち。
それを囲んでいる地元の人も一緒に食べて、みんなで地域を盛り上げ始める。

そんな姿が日本の各地で見られるようになる、と想像するだけで、もうわくわくしてきます。

ドットボタンカンパニーの歩みはまだ始まったばかり。これからどんなプロジェクトが生み出されていくのか、とても楽しみです。

 

Photo by Haruki Anami

ライター / 平地 紘子

大学卒業後、記者として全国紙に入社。初任地の熊本、福岡で九州・沖縄を駆け巡り、そこに住む人たちから話を聞き、文章にする仕事に魅了される。出産、海外生活を経て、フリーライター、そしてヨガティーチャーに転身。インタビューや体、心にまつわる取材が好き。新潟市出身

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