今が人生の折り返し。自分らしく生きて価値を生み出したい。
IT業界に22年ほど身をおいていたという愛敬さんが、農業で独立をしたのは40代を迎えた、いわゆるミッドライフクライシスと言われる頃。愛敬さんは、長年IT業界でエンジニアとして活躍してきた一方で、「もっと自分にしかできないことはないか」「自分らしい価値を生み出すようなことをしたい」と考えるようになったと言います。
−−愛敬さんが、会社員を辞めて、未経験の農業をはじめたのは何故ですか?
愛敬さん:私が農業を始めたのは40代になってからなのですが、その頃、自分の年齢はもう“人生の折り返し”なんだと意識するようになっていました。
そして、残りの人生を自分らしく生きるにはどうしたら良いか、そんなことを改めて考えていた時期に、次の仕事はこれまでのデスクワークとは異なり、自然の中で体を使えて、不可欠な仕事としてやりがいを感じられることがしたいと思っていたんです。
そう考えた時に、一番しっくりきたのが農業だったんです。
−−そういった経緯だったんですね!確かにエンジニアはデスクワークのイメージがありますが、農業は真逆ですよね?よく農業はキツイといったイメージをもたれる業界ですが、体力的なものや未経験の業界に飛び込むという不安はありましたか?
愛敬さん:いや、それはあまりなかったです!
むしろ、どうせ農業をやるなら趣味のような関わり方じゃなくて、生業として本気で農業をしたいと思っていました!そうなると、タイミング的には“体がまだ自由に動く時期にやるべき”というのが自分の中にあったので、このタイミングで農業に向き合おうと決めたんです。
−−なるほど!生業として本気で取り組みたいことが、農業だったわけですね!愛敬さんは、もともと農業への関わりや知識があったり、有機野菜への強いこだわりも持っていたのでしょうか?
愛敬さん:農業をやる前は、有機野菜などに強いこだわりがあった訳でもなく、小さい頃から農業や土に触れていたとか、知識があるわけでもありませんでした。でも、本格的に農家に転身しようと思ってからは、まず農業について自分で色々と勉強をしました。
ただ実践的な部分は独学では限界があったので、一度しっかりと体系的に農業を学ぼうと思い、農業大学校へ通ったんです。
そこで初めて自分でつくった野菜をお客さんへ販売するという経験もしたんですよ。
−−その農業大学校で、初めて自分で作ったお野菜をお客さんが買ってくれた時はどんな想いでしたか?
愛敬さん:率直に「えっ!買ってくれるんだ!」という驚きがありましたね!(笑)
初めて販売した野菜は人参やカブやルッコラなどの葉物の野菜で、農業大学校の一角にある『チャレンジファーム』で育てた野菜でした。販売する野菜の種類、値付け、販路も自分で決めるというもので、分からないながらにやってみたものの、やはりお客さんが買ってくれた時は嬉しさと、驚きが同時にありましたね!
−−農業大学校を卒業して、実際に農業を主軸に今は多方面で活躍をされている訳ですが、農家としての今はいかがですか?
愛敬さん:楽しいですよ!農業は野菜の育て方も販売の方法も色々なやり方があり、自然を相手にする分、日々の学びもあって飽きないんです。野菜を生産するうえでの基本的なことは抑えつつ、農業のやり方に“正解”がないのが農業の奥深さというか、魅力ですね!
−−愛敬さんの表情からも楽しんでらっしゃるのが伝わってきます!自然を相手にするためには、それなりの知識や経験も必要になると思うのですが、ゼロから始めた愛敬さんはどんな風に自分のスタイルの農業を身につけていったのでしょうか?
愛敬さん:私は未経験からこの業界に飛び込んでいるので、行政の研修や、紹介してくれた先輩農家さんから学びながら、新規就農者として農園をやっています。
今の自分の農園では「有機農業」で「多品種少量生産」という形でやっていますが、その先輩農家さんは農薬や化学肥料などを使いながら数品目の野菜を育てて大きく販売する「慣行農法」というやり方でした。
同じ人参を作っていても、作り方も売り方も全然違うので、自分なりのやり方を見つけつつ、正解と仮説を立てながら、トライ&エラーで農業に向き合えるのが楽しいですね。
野菜から生まれる新しいつながり。
数種類の野菜を効率よく大量に生産し、収穫から販売までを行う農家さんがいる一方で、愛敬さんが選んだのは「多品種少量生産」というスタイルです。愛敬さんには、このスタイルを選んだ理由が明確にあるといいます。
−−愛敬さんが多品種少量生産を選んだのは何故でしょうか?
愛敬さん:多品種少量生産を選んだのは、多くの人々のニーズに応えたいという想いが理由の一つとしてあげられますね。
私の場合は、数種類に絞った作物に限定するのでなく、さまざまな種類の野菜を少量ずつ生産することで、幅広い消費者の期待に応えられると思ったんです。
例えば、飲食店もジャンルや料理人によって求める野菜は異なりますし、中には流通量が少ない、珍しい野菜を求める方もいらっしゃいます。そこで応えられなければ、せっかくのご縁もそこで終わってしまう可能性がありますが、沢山の種類を揃えることで、そうした方々との繋がりもより深くなりますし、そのお客様も凄く喜んでくれますよね。
有機農業は様々なきっかけ。
−−確かに、品種が多ければそれだけ可能性が広がりますよね。多品種少量生産というスタイルが、新しい繋がりや料理人とそのお客さんにも新しい体験を生み出す可能性も秘めているような気がしました。
愛敬さん:そうですね、多品種の野菜があるということは、単に販売の幅を広げるだけでなく、より多くの人とつながるきっかけにもなります!それと私が多品種少量生産をしている理由がもう一つあります。
これは、私の性格でもありますが、同じ野菜ばかりを作っていると、どうしても飽きてしまうんですよ。。(笑)
農薬や化学肥料を使用せず自然を相手にする分、もちろん大変なこともあります。でも有機農業は正解や終わりがなく、試行錯誤しながら生産していくことがやりがいになっています。
そして何よりも、多品種なら常に新しい挑戦があって、自分にとってはすごく楽しいんですよね。
生産効率と収量に違い。
−−「有機農業」と「慣行農業」と言われる農薬・化学肥料を使用する農業とは、どんなところに違いがありますか?
愛敬さん:やはり、生産効率と収量(収穫する量)ですよね。農薬を使えば、病気や虫のリスクを減らせるので、生産効率は格段に上がります。
例えば農薬を使用した畑で野菜が100個獲れるとしたら、有機農業は虫などの被害で50個になってしまうようなイメージです。有機農業では虫の被害などそういったリスクが当然高くなるんですよね。
化学肥料を使用すれば、作物の成長が早まり、年間の収穫回数も増えます。
例えば、小松菜なら季節によって1〜2ヶ月で育つので、化学肥料を使えば年間5回転できることもありますが、有機では3回転になることも多いです。
−−なるほど収量がそれほど異なると、ビジネスという観点でも、有機農業との差が大きいのではないですか?
愛敬さん:確かに慣行農業は収量が多く、売上のトップラインが伸びやすいです。でも、世間的にも物価が上昇している今、農薬や化学肥料の価格も上がっているのでコストがあがっていることも事実です。
一方、有機農業では農薬や化学肥料を使わないので、経費を抑えやすい傾向にあります。最近ではどちらがビジネスにとって良いのか、改めて考える時期に来ているのかもしれませんね。
−−そうしたコストの問題も明確に出てくるんですね!やはり味も違いますか?
愛敬さん:そうですね、もちろん慣行農業の野菜も十分美味しいのですが、有機野菜も味が濃く食感がしっかりしている傾向にあるので、美味しさを実感してもらえると思いますよ!
このレタスも食べてみてみませんか?
無農薬なので、ちぎってそのまま食べられます!ぜひ味見してみてください!
愛敬さんが、目の前の畑で育っているレタスを私たちに試食させてくれました。ここで育った獲れたてのレタスは、みずみずしさだけでなく、甘みとうま味のような濃い味が印象的で、これまで食べてきたレタスでは中々感じることのできない食体験でした。
有機農業の核となる“土づくり”
−−畑の土づくりについて豊富な知識と技術を備える土の専門家「土壌医検定2級(土づくりマスター)」の資格を持つ愛敬さんが有機農業において、特に重視している点は何ですか?
愛敬さん:有機農業でかなり重視するのがなのは、やはり“土”です。
ただし、良い土は一朝一夕には作れません。堆肥などを使いながら、2〜3年後を見据えて少しずつ改良していきます。いい土を作ることで病気に強くなったり、作物が育ちやすくなったりするのですが、土壌づくりはまだわかっていないことも多く、非常に奥が深いですね。
−−そんなに先を見据えて土を作っていくんですね、元々の土の状態も影響すると思うのですが、良い土かどうかを判断するために、どんな視点を持っているのでしょうか?
愛敬さん:参考までに少し難しい話をすると、土壌の状態を見るには、”化学性”、”物理性”、”生物性”という3つの柱があります。
“化学性”は野菜がよく育つための土の中の栄養分であるpH値や窒素、カリウム、リンなどの成分、”物理性”は土壌の硬さや水分保持力、”生物性”は微生物の多様性やバランスです。ただし、理論上、良質な土というものがあったとしても、さまざまな要因や関係性からなる変数が多すぎて、完全にコントロールするのは不可能なんです。
−−コントロールが難しい中で、どのように取り組まれているのですか?
愛敬さん:大事なのは、自分の土壌の状態を“恐らくこうだろう”と仮説を立てながら試行錯誤することです。土壌分析やデータをもとに改善策を見出し、経験を重ねていく。すべてを完全に理解するのは難しいですが、その過程こそが農業の面白さでもあるんですよ!
「DOJOYラボ」の意義は、“有機農業の本質”を届けること。
愛敬さんが代表を務めるDOJOYラボは愛敬さんと、多品種少量生産で有機農業を広く展開する『ないとう農園』の内藤さん、『ハオツーツァイ』でハーブや野菜を育てる菊池さんの3人が、それぞれの強みを活かしながらプロジェクトを推進しています。
20年以上会社員としてビジネスの経験を積み、DOJOYラボでは戦略家のような愛敬さん、農家一筋で豊富な経験を持つ内藤さん、野菜・ハーブを育てながらも楽しめる場づくりという視点をもった菊池さん。「それぞれ同じ方向性で向き合いながら、強みやキャリアが異なるからこそ、議論が活発に進み、共通の目標に対してしっかりと足並みを揃えることができます」と愛敬さんはいいます。
−−DOJOYラボのみなさんとはどのように出会ったのですか?
愛敬さん:内藤さん、菊池さんとの出会いは農業大学に通いながら堆肥化について学んでいた時期に参加した「さいたま有機都市計画」が主催の「さいたまOrganic City Fes.」というイベントでした。
内藤さんは、私に堆肥のことを教えてくれる先生のポッドキャスト「小農ラジオ」という番組にゲストとして登場したのですが、その放送を聴いた時、「面白い人だなぁ」と内藤さんに凄く興味を抱いてたんです。そのあと、実際にオーガニックフェスでお話する機会があって、お互いに「噂は聞いています」というような感じで、そこから交流がはじまったんですよね。また同じ頃に資源循環やコンポストに関心を持っていた菊池さんも、オーガニックフェスの出展者としていらっしゃったんです。
「何か堆肥のことをやろうとしている新規就農者がいる」ということを聞きつけて、私に声をかけてきてくれたみたいです!(笑)
内藤さんも菊池さんも私も、みんな土壌医検定資格を持ち首都圏土壌医の会に所属して有機農業をやっていますが、それぞれの経験値と強みが異なります。
お互いの考え方を掛け合わせて、尊重し合いながら、DOJOYラボは活動しているんですよ。
この出会いは本当に奇跡的だなぁって思っています。
−−みなさんのそれぞれの経験や考え方も多様にあるからこそ、それが強みになることはありますよね!それでは、改めてDOJOYラボが目指していることについてお聞かせいただけますか?
愛敬さん:そうですね、3人ともDOJOYの活動に対する方向性は同じで、キャラクターや農家としてのスタイルが少しずつ違うのですが、不思議と同じレベル感で議論ができる仲間が集まっています。そんな私たちが届けたいことは、有機農業の本質です。
有機農業の定義は一般的に「農薬や化学肥料を使わない」とされていて、私たちもそこに沿って農業をしています。でも、そうした側面より大事にしたいのが有機農業のあり方として、「循環」を意識した有機農業をやることが本質と考えているんです。
農薬と化学肥料を使う農業は“外から畑に与える”という行為ですが、有機農業は自分の畑や社会から出た有機物を堆肥や肥料にして土に還すことで循環させて、継続的に農業をやっていくことが、本質なんです。
DOJOYラボ設立の意義はこの有機農業の本質を、実践する担い手の立場から届けていこうというところにあります。この本質を届けるためのアプローチとして「生ゴミを堆肥化して土に戻す」というわかりやすい取り組みにフォーカスをして活動していくというのが今のDOJOYラボの姿なんです。
まだ小さな循環かもしれませんが生活者のみなさんに、生ごみが社会を循環するきっかけになるということを知ってもらい、少しでも意識してもらうことで、この先の未来にも繋がっていくと思っています。
「循環」をキーワードに、持続的な農業を。
−−そうした循環ができるということを知らない人もまだ沢山いらっしゃると思います。でも、DOJOYラボのみなさんのお野菜が、そういった可能性を知るきっかけになるんだろうなぁと改めて思いました。ぜひ有機農業の本質を世の中に浸透させてほしいです!まだまだお話を伺いたいのですが、最後に、愛敬さん自身の目標と描く未来について改めてお聞かせください。
愛敬さん:農業は食を支えるインフラだと思っています。そのインフラを、「循環」をキーワードに持続的なものとするために私たちDOJOYラボの活動が少しずつでも寄与できたらうれしいですし、関わってくださるみなさんとのご縁を大切に、これからも農業の担い手であり続けたいと思っています。
会社員から農家へ転身し、やりたい事で社会に価値を届ける愛敬さん。自分らしい生き方をするために飛び込んだ農業という世界で、ただの農業者としてだけではなく、地域や人とつながるきっかけをつくり、生ごみの堆肥化というアプローチで社会が循環するきっかけもつくっています。
愛敬さんに訪れた人生の岐路での決断から生まれた“小さな循環”が、これから未来へと広がっていくのが楽しみですね。
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