SERIES
小さな循環を可視化する人たち by FARM SPOT
2025.09.11. | 

[Vol.1]イヌワシと森を守り、育てる、小さな循環ー日本自然保護協会 森本裕希子

群馬県みなかみ町で、20年以上にわたって続けられてきた「赤谷プロジェクト」。
林野庁関東森林管理局、赤谷プロジェクト地域協議会、公益財団法人日本自然保護協会の三者が協働で進めるこのプロジェクトは、絶滅危惧種・イヌワシの保全と、森の再生を目指しています。

実は、こうした自然環境保全の現場では、“適切な木の伐採”が欠かせません。そして森の健全な循環を促すために伐った木を「イヌワシ木材」として活用し、地域の中で経済も木材も循環させる—。

そんな取り組みをともに実践しているのが、2024年4月に上毛高原駅にオープンしたカフェ『イヌワシストア』です。店内には、イヌワシ木材を使った家具や什器が並び、イヌワシをモチーフにしたロゴ入りグッズなども販売されています。

「このカフェで過ごした人が、イヌワシや地域の自然について、思いがけず知るきっかけになれば」と語るのは、『イヌワシストア』を運営する株式会社plower代表・茶屋尚輝(ちゃや・なおき)さん。

全2回でお届けする本シリーズのVol.1では、「赤谷プロジェクト」の活動拠点のひとつである“いきもの村”を訪ね、「赤谷プロジェクト」×「イヌワシストア」の取り組みをともに進める日本自然保護協会の森本裕希子(もりもと・ゆきこ)さんに、この活動の背景や想いについてお話をうかがいました。

赤谷プロジェクトとは?

−−まずは、赤谷プロジェクトについて教えていただけますか?

森本さん:「赤谷プロジェクト」は、群馬県と新潟県の県境に広がる約1万ヘクタールの国有林「赤谷の森」を舞台に、生きものが豊かに暮らせる森を取り戻しながら、地域とともに未来をつくる取り組みです。このプロジェクトは、地域住民がつくる「赤谷プロジェクト地域協議会」、林野庁関東森林管理局、そして公益財団法人 日本自然保護協会という3つの主体が力を合わせて進めています。

活動の柱は2つ。『生物多様性の復元』と『持続的な地域づくり』です。

具体的には、赤谷の森の3割を占めていた人工林を1割にまで減らし、自然林へ転換することを掲げ、効率的な伐採方法を確立するために試験的に伐採しています。それを実行するために設けられた伐採試験地では、広葉樹など自然の樹木が再生する様子を地道な植生調査でモニタリングをしていて、その結果を踏まえて次のアクションを検討し、森を本来の姿に近づけていきます。

また、森の生態系の頂点に立つイヌワシやクマタカといった大型猛禽類の姿から森の豊かさを読み解き、その保全に繋がる森林管理(伐採方法等)を発信しています。さらに、地域の子どもや訪れる人に向けた環境教育や、地元産業との連携もしています。

その一つが、イヌワシの狩り場づくりで伐った木を「イヌワシ木材」として地域で活用する取り組みです。その他にも森と人とのつながりを育む様々な活動を続けています。

 

イヌワシを守り、森を自然に環す

−−なぜ木を伐ることがイヌワシを守ることになるのでしょうか?

森本さん:「森を守る」と聞くと、木を伐らないことをイメージするかもしれません。でも、イヌワシにとっては、木を伐ることで“守ること”につながるケースもあります。

イヌワシは、広い空間で地上を見渡しながら狩りをする生きものですが、人の手によって植林されたスギやヒノキ等の人工林が成長し、森が一面に覆われてしまったことで、餌となる獲物(ノウサギやヤマドリ)を見つけにくく、狩りがしにくくなり、生息環境が失われつつありました。

そこで赤谷プロジェクトでは、イヌワシが狩りをしやすい環境(狩り場)を取り戻すために、森の一部を伐採しています。もちろん、むやみに大規模な伐採をするのではなく、モニタリングの結果を活かしてイヌワシが狩りをするために効率的だと考えられる場所を選定し、小規模な伐採を繰り返して常に狩場がある状況を目指しています。

 

−−そういうことなんですね!ちなみにイヌワシが狩りをしやすくするために、木を伐ることは、“森”にとっては適切なことなのでしょうか?

森本さん:はい!森のためにもなりますよ。先に説明したように、赤谷の森にある3割の人工林のうち2割は、将来的には自然の森に戻していくことを赤谷プロジェクトは目指しています。

過去に人工的に植えられたスギやヒノキ等が密集する人工林は、人が手を加えて育てることが前提となるので、放っておくと森に悪影響となることもあり、健全な森を維持することができないんです。

 

−−なるほど、人工林は自力では育たないんですね。具体的に人工林は、森林にどんな影響を及ぼすんですか?

森本さん:まず人工林は木が密集して生えているため森林の中が暗く、地面まで光が届きません。そのせいで草や小さな木がほとんど育たず、動物や虫たちも住みにくい、静かな林になってしまうんです。

放置すれば、木や土壌が痩せたりしてしまうため、人工林を健康に保つには人の手による適切な管理が欠かせません。ぽこぽこと伐採年度の異なる伐採地を「パッチワーク」のように広げ、適切に森林に穴を空けることで、植物や森の生き物にも必要な太陽の光が当たるようにしていくんです。

木を伐って、その後の様子を調査して科学的に検証することで、これからの持続可能な森づくりにもつながっていくと思っているんですよ。

 

後世に伝え、長い時間をかけて森をつくる

−−森を自然に返すまでには相当な時間も必要になりそうですね?

森本さん:そうですね、森づくりとなると時間のスケールがとにかく長いんです。専門家は、「20年くらいではまだまだ目標とする森林には戻っていない。でもまぁそんなもんでしょう。」と仰います。

伐採した場所が「豊かな森」と呼べる状態になるのに、少なくとも100年、もしかしたら300年かかるかもしれないとも言われています。そうなると、自分の子や孫でさえ、見届けられないかもしれないですね。それでも“豊かな森を目指して続けていく”そんな長いスパンで取り組むこと自体に、ロマンも感じています。

私は植物のことを専門的に学んではいませんが、伐採試験地でどのような種類の樹木がどれくらい育っているか、その高さや覆っている面積、本数など計測する植生モニタリング調査の補助調査員として多くの現場経験をさせてもらいました。その結果、科学的な森林の見方や伐採後どれくらいの年月でどのような様子になるかという想像力が養われたように思います。

調査の現場で専門家の眼差しを通して直接学べる機会は貴重だと感じたので、地域でガイド業に携わる方等、地域の自然や赤谷プロジェクトに関心を抱く方々に声を掛けて回りました。この数年色々な方にご協力いただき、地域の皆さんが単発的なお仕事として、赤谷プロジェクトの調査を手伝ってくれる連携体制が整ってきました。

赤谷プロジェクトの活動を通して、森林と関わり、その未来に想いを馳せて、森づくりに携わる人が増えてくれたら嬉しいな、なんて思っています。

 

20年の積み重ねが生んだ地域連携

−−そうしたイヌワシや森林保全の観点で伐った木材を、地域で循環させようというのが「イヌワシ木材」ということですね。

以前、茶屋さんのインタビューで、お店の名前をイヌワシストアという名前にした理由を伺いました。その際、茶屋さんが手がける『DOAIVILLAGE』や『さなざわ㞢テラス』の開業準備のときに、町役場の方から「イヌワシの生育環境を守るために伐った木があるんですが、使ってみませんか?」って声をかけられたのがキッカケだと伺いました。

その後、赤谷プロジェクトの話をじっくり聞いて、活動の中身はもちろんですが、それ以上に20年以上コツコツ続けてきた人たちの想いや本気度にすごく心を打たれたと、語ってくれていたのがすごく印象的でした。こうして地域の連携によって「赤谷プロジェクト」に関する取り組みが広がっていくというのはきっと理想的な形ではないですか?

森本さん:そうなんですよ!本当に茶屋さんとの取り組みは私たち「赤谷プロジェクト」に携わっている者として、とてもありがたいことですね。しかも町役場の方からお話しをしていただけたのは、これまで私たちが少しずつ進めていた地道な活動が実ってきたということを実感させてくれました。

 

−−やはり、「赤谷プロジェクト」の取り組みや活動を周りの方々に知らせることへの難しさや、周囲の理解を得るための苦労もあったのでしょうか?

森本さん:そうですね。赤谷プロジェクトは、その発足前に10年間も開発反対運動があった歴史の上にあります。地域の雇用創出のためのスキーリゾート開発やダム建設は、多くの住民に期待され、役場や議会もそれを推進していたと聞きます。

それに反対するごく少数の住民が、日本自然保護協会とともに自然保護運動を繰り広げました。反対運動により開発にストップをかけ続けた10年の間に、バブル崩壊や国際的な環境問題への関心の高まりといった時代の変化があり、最終的に開発計画は白紙撤回されました。赤谷プロジェクトは、開発計画に代わる地域貢献を発足当初から強く意識していたのですが、多くの住民にとっては、自然好きが小難しいことを勝手にやっている、というイメージだったかもしれないですね。

なので、今回のように具体的な提案を、私たちではなく、町役場の方から事業者さんへ紹介してもらえたということは、そういった過去を踏まえても、とてもありがたく、嬉しいことなんです。

今のこの動きを、当時反対運動の先頭に立っていた先輩方が聞いたら、きっとめちゃくちゃ喜んでもらえるだろうなと思って、時々お伝えするようにしています。20周年の際は、涙して喜ばれていました。

 

−−そうやって信念をもって取り組んできた先輩方の歴史が、今に繋がっているんですね!

 

赤谷の森で生まれた一本の木が、やがて誰かの暮らしの中に根づいていく。そんな未来を少しずつ形にしているのが、「イヌワシ木材」を通じた地域の新しい循環です。

次回のVol.2では、plowerの茶屋さんも交えて、その循環を動かす人たちの想いと、コーヒースタンド『イヌワシストア』が果たす役割について、さらに深く掘り下げていきます。

Vol.2はこちら

 

-infomation-
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