SERIES
Food Future Session
2025.07.11. | 

[Vol.2] もうひとつの経済”をカタチに

神奈川県相模原市・藤野にある山あいの小さな集落「虫村(バグソン)」、そして駅前に新しく生まれたカフェ『カドナリ』。Vol.1では、資本主義を舞台とするスタートアップの世界から藤野へと暮らしを移した中村真広さんと、かつて飲食店の立ち上げをともにしたYuinchu・小野との対話を通じて、“都市と自然のあいだ”にあるもうひとつの経済の可能性を探りました。

Vol.2では、その構想がどのように育くまれ、どのように動き出しているのかをさらに深く掘り下げていきます。
子どもの教育を起点とした移住、拡張家族的な暮らし、そして貨幣に依存せず感謝で経済をまわすという仕組み。藤野という土地で、中村さんの小さな社会実験がはじまっています。

 

良い教育があれば、面白い人が集まる。そうやって“まち”が作られていく。

子どもの教育をきっかけに、家族で移住してくる人たちも多く見られるという藤野。
その教育の軸となるのが、シュタイナー教育というもの。シュタイナー教育とは、ドイツ人の建築家ルドルフ・シュタイナーが提唱した教育のあり方で、知識の詰め込みではなく、芸術や自然体験を通じて、子ども自身の「学びたい気持ち」を育てるのが特徴です。
現在、世界で60カ国以上に広がり国際的な教育運動とされ、日本国内では7つのエリアに広がっています。そしてその1つのエリアを担うのが藤野です。

中村さんも、“子どもの教育のため”というのが藤野へ移住した理由のひとつ。
そして、自分が思い描く資本主義経済から逸脱した生活の実現にむけて、藤野でのゆるやかな暮らしがスタートしました。ところが「自分たちが住むことだけを考えていて、いいのか?」と自分への問いが芽生えると、移住をきっかけに藤野で出会った方から“場を動かしてほしい”との相談が。そうして、藤野で中村さんの新たな場づくりがはじまります。

「藤野は本当に面白いところですよ。教育移住で同じような価値観をもつ人たちがここに集まってきて、その人たちがまた地域で一緒に面白いことをしようとコトを起こすんです。そうやって場ができていくと、新しいコミュニケーションが生まれていきます。
『カドナリ』もそうした縁で生まれた場所ですが、地域に良い教育があれば、人が集まって、“まち”ができていく。
僕は藤野にきてそう思うようになっていきました。結局どこへいっても場づくりをしているので、もう今世は、場づくりから逃れることはできなそうです(笑)!」
“場づくりからは逃れられない”と笑う中村さんに、藤野での出会い、そして日々の暮らしについてお話を伺いました。

 

発見の喜びを原動力に、衝動を育む

ーー中村さんが藤野に移住したのは“子どもの教育のため”というのが理由のひとつということですが、「移住」を決断させるほどのシュタイナー教育に触れてみて、実際どのようなことに感じていますか?

 

中村さん:シュタイナー教育について語るのは難しいんですけど、僕は「答えを教えるんではなくて、自分で発見すること」を大切にしている教育だと思っています。たとえば小学校の算数では「1+2=3」と教えますが、シュタイナー教育の場合は「3はどうやって作れる?」という問いになるんです。そうすると答えは、1+2でも2+1でもいいし、もっと違うやり方だってあり得えますよね。
そんな風に子どもが「こんな考え方もあるんだ!」と、自分なりに発見すると、その体験こそが、学びの原動力になるんですよね!
「正解」を早く覚えることよりも、「気づくって楽しい」「知るって面白い」という自分の内側の感覚を、まず小さい頃に味わうことで、自分の中の欲求ともいえる“衝動”が育まれていって、自律的な人生を生きるための土台ができる。
僕なりの言葉であえて訳すなら、「内側から湧き出る動機に基づいて、自分らしく生きる力を育てる教育」というのがシュタイナー教育の本質なんではないかと僕は感じています。

 

小野:自分の中の欲求という名の“衝動”を育むというのは、面白い考え方ですね!そもそも中村さん自体がシュタイナー教育の考え方に近い気がしますが(笑)!

 

中村さん:そうかもしれませんね(笑)!
僕自身は全然そういう教育ではなく、いわゆるお受験をして、社会に出るというルートを歩いてきました。その道を否定するつもりはまったくないし、今も楽しく生きているので、親にも感謝しています!
ただ、「こういう学び方もあるんだ」と知ったときに、すごくおもしろいと思ったし、自分の子どもには多様な選択肢を用意してあげたいと思ったんです。

 

ーーなるほど!今の時代においても、子どもの好奇心を育む環境は大切な気がします!それが個性にもなるし、なにより多様な生き方ができる社会の中で、自分らしく生きるためには必要な考え方だと思いました…このお話しもずっと聞いていたいのですが、次の話題へいきたいと思います! 

 

『虫村(バグソン)』という構想は、どう生まれた?

『虫村(バグソン)』—この少し不思議な名前には、都市での暮らしや当たり前とされる価値観に対して、自然の中で想い描く自分らしい暮らし方で「バグ」を起こせるのか!?という意味が込められています。ここからは、暮らしを通した社会実験的な側面を持つこの『虫村』の構想について伺っていきます。

 

ーー『虫村』の構想には、大きく分けて「拡張家族的な暮らし、貨幣経済に頼らない仕組み(感謝経済)、インフラの自立(エネルギー・水)」といった3つのレイヤーの掛け算でだということですが、こうした構想はどのように生まれたのでしょうか。

 

中村さん:そもそも移住を考え始めた時には『虫村』のような構想はなかったんです。
先ほどお話しした2020年に「東京ではないかも」と思い始めてから、当初は中村家としての教育移住がメインで、里山で好きな建築をつくって家族で暮らせたらいいな、くらいのつもりでした。でも、それだけでいいのか?と、だんだんそわそわしている自分が出てきちゃったんですよ(笑)。
「場づくりをやってきた自分が、ただ自分たちの家だけ作って終わりでいいのかな?悩むくらいだったら、もっと思い切ってまったく新しいことをやってみよう」と思ったんです!

 

ーーなるほど!自分の中の衝動に突き動かされたんですね(笑)!

 

中村さん:はい、衝動ですね(笑)!そこから色々と構想が複層的に膨らんできたんです。
まずは周辺の人たちをお互いを家族のように思い、支え合う関係性を築く拡張家族的な暮らしをはじめたいと思ったのは、屋久島での体験が影響しています。

移住を考えていた頃に、日常から離れて心身を整える屋久島でのリトリートに家族で参加して、そこで他の家族たちと「疑似拡張家族」みたいな暮らしを体験したんです。自分の子も、人の子も、みんな同じ空間で面倒を見て、みんなでご飯を作って、支え合うような生活をするのですが、それがすごく心地良いんです。

東京のような核家族中心の子育てではなくて、拡張家族の中で里山的な暮らしっていいなと思ったのと、それを仕組みにしたいと思ったんですよね。
そこで中村家だけではなく、複数の家族が一緒に暮らすビレッジのような共同生活をイメージしました。

そして完全に身内的な閉鎖したコミュニティにするのではなく、外から人が来られるように短期滞在ができるゲスト用のハナレみたいな場所をつくり、都市の人が気軽に越境できる場所にもしたいと考えました。例えば、都心のベンチャー企業のサテライトオフィスや、合宿ができるような場としても開いていけたらいいなぁと思っていましたね。

 

暮らしの“バグ”を起こす「商品にならない生き方」と「インフラの自立」

ーーまさに今そのとおりの場になっていますよね!貨幣経済に頼らない仕組みという点では『虫村』は“賃料”の設定がなく、代わりに“感謝で経済が回る”という仕組みということですが、どんな仕組みでなんですか?こちらの仕組みを取り入れたきっかけやヒントはあったのでしょうか?

 

中村さん:感謝で経済がまわる仕組みは、藤野にある地域通貨「よろず」というユニークな仕組みを参考にしていますね!
この仕組みは、すごくシンプルで誰かに何かしたり、してもらったら、貨幣の代わりに感謝が対価として動きます。その感謝の動きは「よろず」専用の“通帳”に記帳されるのでその通帳の残高が感謝されたり、感謝したログになるんです。
たとえば僕が誰かを駅まで車で送るとします。するとその人が僕の通帳に「+1000」と書いてくれる。逆にその人の通帳には「−1000」と書かれる。ただそれだけで、実際にお金は動いてないんです。

 

ーーえっ、それって……ほんとに手帳に書くだけなんですか?


中村さん
:はい(笑)。でもそれがちゃんと機能しているんです。面白いのは、誰かに何かをしてもらったら、その人に返す必要はなくて、別の誰かを助けてもいいという点ですね。そうやって地域の中で“ありがとう”が回っていく仕組みなんですよ。

 

ーーなるほど、“感謝のやりとり”の証が記録されていくって感じですね。


中村さん
:そうですね、お金の代わりに感謝がめぐり関係が育まれていく世界なんです。しかも、この世界においての“マイナス”は、悪いことではないという考え方もあります。
貨幣経済だと「子ども見てもらう」とか「畑手伝ってもらう」とお願いしたほうは賃金を支払うので、多少なりともお金が減ったという感覚もあると思います。でも感謝経済の場合は、助けてくれる相手の“やってあげたい”、”助けたい気持ち”という気持ちを引き出したことになるわけです。だから「通帳のマイナス=誰かの“やりたい”を引き出した証」なので、それはマイナスにはならないんです。

 

小野:もうずっと聞き入ってしまいましたが、それってすごく面白い仕組みですね!
貨幣経済の中では「借り」という言葉はマイナスに捉えてしまう感覚があるけど、藤野の地域通貨を通して見ると、マイナス要素がないですね。逆にプラス要素になるっていう!

 

中村さん:そうですね。だから「頼ること」にハードルがさがり、助けてって言いやすい環境があるんですよね。そういう雰囲気が、暮らし全体の安心感にもつながっていると思います!

 

ーーこれは本当に、ひとつの新しい経済の仕組みですね。『虫村』の中でもこの感謝がめぐる経済によって、賃料などの生活コストが感謝で支払われるというわけですね。

中村さん:はい、この金銭的な部分で自分の人生が商品にならないために、どうなればいいのかと“根源”に立ち返っていくと、やっぱり家賃や土地代が一番大きい生活コストだと思うんです。でもこれも無意識に支払うのが自然ですよね?

それを払うためには、自分という人間を商品として、労働で貨幣を得ていくわけですが、自分の人生を「商品」にしなくても生きていける仕組みがあってもいいんじゃないかって思うんです。
実はそう思いながら、以前自分の事業でコミュニティコインのサービスを立ち上げて、アプリで流通させようとしたこともありました。結局そのコインは利用者にとって貨幣経済の中で「何に使えるのか?何が買えるのか」という期待になり、貨幣に対する思想を脱臼させるのは難しかったんです。

でも生活の中で、思いやりや何かしたいという欲求を満たすものを対価とした感謝経済の仕組みをつくると、一番貨幣経済をバグらせやすい環境を作れると思ったんですよね。だから対価は必ずしもお金ではなく、「やってあげたい」という気持ちでもいい。
ここ『虫村』では貨幣経済のビジネスではなく、感謝経済で循環するというカタチが自然なんじゃないかなっていう想いで社会実験的にやっています。

 

小野:確かに、思考停止とは言わないまでも、すでに仕組み化された中で当たり前のように貨幣を支払って生活をしていますもんね。
もしかするとインフラを含めて、商品はすべて手数料を支払っているのかなとも思いました。住む場所や水、電気を安定的に使えるためにするという手数料を払うという感覚です。

 

中村さん:「商品ってすべて手数料なんじゃないか」と言うのは、本当にそうかもしれませんね。
家賃のように、電気も水道もお金を払って使うのがあたりまえですが、僕はここで生活するようになってインフラも自立できるような形で取り組んでいます。
電気は太陽光、水は雨水を濾過して生活用水として使ったり、、薪を使って火を起こすなど、自然の力を生かしていくことで暮らしていくことができるというのもここでの生活で痛感していますね。

 

ーー今の当たり前を少し斜めから見てみると、もしかすると何が必要で、何が足りないのか、大切なところにも目を向けられそうですね!

 

中村さんは、ここでの暮らしを通して、新しい当たり前を貨幣だけが価値のすべてではない世界をつくる。「やってあげたい」という気持ちが、支払いの代わりにもなる社会。「自分の人生が商品にならない生き方」を求めて、インフラを自らつくり出していく。そんな実践の積み重ねが、やがて新しい生き方のモデルとなり、都市と自然、貨幣と感謝、効率と余白のあいだに橋を架けていくのかもしれません。

次回Vol.3では、中村さんとYuinchu小野の対話を通して、「衝動に輪郭を与える」ことで場が立ち上がった藤野駅前のカフェ『カドナリ』にフォーカスします。
“衝動に輪郭を与える”とは一体どういうことなのか、そのプロセスを紐解いていきます。

-information-
カドナリ
HYPHEN TOKYO

ライター / Mo:take MAGAZINE 編集部

モッテイクマガジンでは、イベントのレポートや新しい食のたのしみ方のアイデアを発信します。そして、生産者、料理人、生活者の想いをていねいにつないでいきます。 みんなとともに考えながら、さまざまな場所へ。あらゆる食の体験と可能性をきりひらいていきます。

Mo:take MAGAZINE > Food Future Session > [Vol.2] もうひとつの経済”をカタチに

Mo:take MAGAZINEは、食を切り口に “今” を発信しているメディアです。
文脈や背景を知ることで、その時、その場所は、より豊かになるはず。

Mo:take MAGAZINEは、
食を切り口に “今” を
発信しているメディアです。
文脈や背景を知ることで、
その時、その場所は、
より豊かになるはず。

みんなとともに考えながら、さまざまな場所へ。
あらゆる食の体験と可能性をきりひらいていきます。

みんなとともに考えながら、
さまざまな場所へ。
あらゆる食の体験と可能性を
きりひらいていきます。

さあ、いっしょに たべよう

OTHER SERVICE

様々な形で「食」が生む新たな価値を提供します。

ブランドサイトへ