地域にひらかれた“入り口”をつくる
ーーここまで藤野と虫村についてお話しいただきましたが、ここからは、食のメディアでもある私たちの媒体らしく、食を起点とした場づくりという軸で、藤野駅前の『カドナリ』について伺っていければと思います!
今回の『カドナリ』は中村さんと小野さんの久々のタッグということですが、改めてお二人が一緒にやっていくうえで共通の認識やどんな想いがあったのか教えていただけますか?
小野:まず僕からお話しすると、やっぱり一緒にプロジェクトをやれるのは率直に嬉しいですよね!
長い時間が経過しても、池袋のお店で僕が関わってたことをちゃんと覚えてくれていて、今も“場づくり”の仕事をやってるって知ってくれていたのは、何か感慨深くてすごくありがたいですね!
中村さん:僕も本気で嬉しかったですね!
しかも共通の知人であるデザイナーさんを通じて、実は小野さんも藤野のことを知っていたよって聞いて。教育移住があるとか、生活の中に自然と芸術があるとか、そういう土地の空気感にもシンパシーを持ってくれていたというのも聞いていたので「小野さんにお願いしよう!」って思ったんですよ!
小野:そうなんですよ!
最近では東京以外のエリアでも場づくりに関わらせていただいたりもしていて、藤野のことも知っていたからこそ、中村さん経由で関われたのは嬉しいですね。
ーーその価値観やシンパシーを感じるタイミングもばっちり合致していたという感じですね!そんな、お二人を引き合わせた『カドナリ』はどんな風に生まれたのでしょうか?
中村さん:『カドナリ』がある場所は、藤野で工務店を営む社長さんの元実家で、もともとはコンビニとして使われていました。ただ、そのコンビニの閉店後は長らく空き物件になっていたそうです。 藤野駅のすぐ目の前という立地だけあって、大手コンビニからのオファーもあったといいますが、その社長さんが生まれ育った場所でもあって、「ここは、町のための場所にしたい」という想いから、誰にも貸すことなかったそうです。
そんな中で、「中村さん、あの場所でカフェやらない?」と声をかけてもらったんです。でも僕は、色々と他の活動もしながら、そんな大事な場所を任されて中途半端にはやりたくないので「お店はさすがにできないです!」って断ったんですよ(笑)!
ーー最初は断っていたんですね!
中村さん:そうなんです。でもちょうどその頃、パパ友で、一緒にバンドもやっているメンバーでもある『カドナリ』の店長・高橋さんこと、“アッキー”が今後のキャリアについて悩んでいるタイミングでもあったんです。そこで僕は「アッキー!今、藤野駅前で立ち上げようとしているカフェがあるから、今の仕事を辞めたとしても働く場所はあるよ!やる!?」って声をかけてみたんです!
そうしたら….話がどんどん盛り上がって結果的にアッキーが20年近く勤めていた会社を辞めて、一緒に会社をつくってやってくれることになったんですよ!
小野:もう人を巻き込むスピードが早い(笑)!これもアッキーの衝動ってやつですかね!だって、全く未経験の状態から、いきなりカフェをやるって決断をしたわけですよね?そして改めて聞くとアッキーもすごいなぁ!
中村さん:はい、アッキーは全くの未経験です!まさに衝動ですよね!でも真面目な話、実際にはじめるとなるとアッキーの家族の顔も浮かんできて、自分自身も巻き込んだ責任感が強くなっていきました。
「もしかしたらアッキーの人生を狂わせたかもしれない!絶対失敗できないプロジェクトが始まる!もう僕の人生のすべてのオールスターの人たちに声をかけよう!」そう思ってプロジェクトを進めました。
そのうえで、このエリアに必要な場づくりの本質をとらえて未経験のアッキーのことも、カフェの立ち上げもサポートしてくれるオールスターの1人として真っ先に頭に浮かんだのが、小野さんでした!
ーー小野さんにとっても嬉しい反面、責任も重大でしたね!
小野:そうですね、でも余計嬉しいですね!中村さんは持ち上げてくれましたが、僕も一応業界は長いので、この土地に求められるものがいわゆる一般的な普通のカフェというか「常識的なもの」ではないんだろうなというのを感覚的にもってはいました。
今回のお話しをいただいて様々な角度から複合的に考えつつ、基礎的な飲食のスキームを理解している僕たちが役に立てることはあるのでは?と思いました。
中村さん:もう本当にカフェについてはわからないので、無事にオープンした今、改めてYuinchuを頼ってよかったと実感しています(笑)!
地域プレートという“発明”—藤野らしさを可視化する仕組み
小野:ちょっと面白いのは、中村さんって「よくわからない」って言いながらも、細かいところを丁寧に拾ってめちゃくちゃ動くんですよ!
僕たちは、 アッキーは今回が飲食初挑戦だから、「どうやってサポートしようかな」って思っていたんですけど、いざ始まったら中村さんがすごく動くから僕は内心、驚いていたんです。
もちろん全部ができるわけではないけど、できないことをちゃんと把握したうえで、とにかく前に進んでいく。
そして、中村さんも飲食に対してすごくピュアになって、もはや“サポート”ではなくて、ガッツリ引っ張っていく側になっていましたよね。
中村さん:お店がオープンした今はサポート側ですけど、最初は「仲間を巻き込んでしまった責任感」もあってガシガシ動きました!でも、だんだん楽しくなってきちゃって(笑)!
ツクルバなどを経験してきたことで、事業の立ち上げは分かるようになってきましたが、飲食の専門的なところは分からないから、小野さんに聞きながら、“赤ペン先生”みたいにチェックしてもらったり。それで、「これ、正解だよ!」って言われると、「やったー!」と喜んだりもしていました(笑)。
ーーなんか、ものすごく楽しそうですねぇ!
小野:楽しかったですね!オープンまでに色々と打ち合わせを重ねてきましたが、無事にオープンできて本当にホッとしています。
そうそう!僕には『カドナリ』の持続可能な飲食モデルを組むならどうすればいいかという議論の時に印象的なシーンがあるんです。中村さんとすごく盛り上がったんですけど、覚えています??
中村さん:それはもう、「地域プレート」ですね!!あれは一番のターニングポイントだと思ってます。
小野:そうです!地域プレート!
中村さんに美味しい台湾料理屋さんに連れて行ってもらったときに、「この地域にはすでにめちゃくちゃ良い素材が揃ってるな」って思ったんです。
こうした地域の資源を活かして、アッキーを起点にお店ができたらって思ったんですよね。地域資源という意味では、この『カドナリ』も「食」も地域のプレイヤーの方々にとっても“必要な場”にしていきたいという発想から生まれたんです。
中村さん:あれは、本当に僕にとっても発明でしたね。
自分たちで一から全部作らなくても、地元の飲食店のお料理を仕入れさせてもらい、それをプレートで提供すれば未経験のアッキーやスタッフの方も、料理提供のオペレーションとしてもシンプルだし、仕入れ先の飲食店にもちゃんと還元される。
「あれ美味しかったから今度はあの店にも行ってみよう」っていう流れもつくれるし、まさに藤野の“入り口”としての機能を果たしてくれると思いました!
お料理だけでなく、ビールもスイーツもプレートも地域から仕入れているので、この『カドナリ』では地域の食が楽しめるんです。
ーーいわゆる『カドナリ』に行けば、地域の食が楽しめる「アンテナショップ的な機能」も担っているということですね。
小野:そうなんですよ!『カドナリ』がインフォメーションセンターのようになっていますね。普通はSNSで、自分のお店の告知を投稿すると思うのですが、『カドナリ』は自分のお店の告知というよりは、他店の宣伝をするんですよ。
中村さん:そうなんです!ありがたいことに逆も然りで、そこからまた地域の飲食店の方々が自然と『カドナリ』を告知してくれるんです。
ある人は、カドナリでお料理を提供するからって自分のお店を閉めて、「明日はカドナリでこれ食べれますよ」ってSNSで告知している人もいるんですよ!
この地域プレートの仕組みは最初は、アッキーのオペレーションを考えてのアイディアだったのに、アッキー自身が「なにか自分も作ろうかな」っていう気持ちも芽生えちゃってるんですよね(笑)!
衝動に輪郭を与える場づくりで、社会をもっと面白く
——ここまでのお話を聞いていて、最後にどうしても伺いたいことがあります。
お二人とも、“場づくり”という言葉が今ほど使われていなかった頃からこの業界に関わってこられて、震災やコロナ、資本主義の変容などを横目にさまざまな現場と向き合ってこられたと思います。そんな今、「これからの社会に必要な場」として、どんな場を作って行きたいですか?
小野:僕は「都市か地方か」「資本主義か非資本主義か」みたいな文脈を超えて、自然に誰かに声をかけてしまったり、思わず会話が生まれる、そういう“人の状態”が生まれる場を作って行きたいですね。
何か課題を解決するためのものなのか、それとも、ただ人と人がつながるためのものなのか、過ごす人次第ではあるけど、その場に必要な装置が置かれたことで、空間が動いて、本質的なコミュニケーションが生まれる場をつくるというイメージです。
ーーなるほど!そうした場をつくるには何が必要なのでしょうか?
小野:人が何も考えずにコミュニケーションを取ってしまう状態を作ることかなと思います。
そのためにも、先ほど中村さんも言ってくれたように、場づくり業界において自分が“中庸”であることが必要だと思っています。資本主義と非資本主義、都市とローカル、今日の話でいうところの資本主義と感謝経済の間にいて、どちらにも偏らずに、適切な装置を場に導入する事ができたらと思いますね。
ーー小野さんが思い描く場は、装置を導入するけど、「こうやって過ごしてください」という強い意志を持つものではなく、過ごす人に多様な過ごし方の選択肢をもたせる余白のある場をつくるという感じでしょうか。そこからどんな場になっていくのかは、過ごす人に委ねることで、本当にあるべき姿の場が生まれるのかもしれませんね!中村さんはいかがですか?
中村さん:僕は、「自分の衝動に忠実に生きる人」がもっと増えたら、世の中をもっと楽しめる人が増えると思ってるんです。
だから僕は、その“衝動を行動に変えやすいように、人が動くきっかけとなる“輪郭”を与えたいんです。「やりたい」という想いを持っている人は輪郭さえ描ければば、衝動に突き動かされて行動しやすくなり、行動した人たちによって想いの詰まった場が立ち上がっていくんですよね。そういうサポートを僕はやっていきたいですね!
ーー中村さんは、あくまでサポートという立場なんですね?
中村さん:そうですね!僕は基本的にプロジェクトのセンターにいないで、誰かの想いを結晶化するためのサポートをするというのをテーマにしています。
『カドナリ』もアッキーの「やりたい」という想いを結晶化するサポートです。
他にも今、藤野でレコーディングスタジオを立ちあげようとしている若い人たちを手伝っているんです。あくまでもその“主体者”は彼らで、僕は建物のことや不動産の面でサポートしているんです!
その人の意思や衝動で立ち上がるところを、いかにサポートをして“場を作れるか”ということが僕の役割で、 そこから先はその人の想いが乗った活動によって花開いていくものだと思っています!
小野:衝動に輪郭を与えるって、すごく中村さんらしいですね!人が自分と向き合った時に、何か衝動らしきものまでは気づいているけど、その衝動に従って行動するまでに至らずに、そのまま人生を過ごす人って少なくないと思うんですよ!それはもしかしたら衝動があっても、輪郭が描けないからどうしたらいいのかわからないという理由も影響しているかもしれないですよね。
でも、中村さんがその人の衝動に気づいて輪郭を与えてくれたら、「やりたい」をやれる可能性が高まるのかなと思いました!
ーー今のお二人の話を聞いていると、衝動の輪郭というのが、人が自分らしく行動するうえですごく大事なポイントだということがよくわかりますね!中村さんがサポートをしてこれから生まれる場は、誰かの衝動から生まれる場ということですね!
中村さん:そうですね!僕の中ではその衝動から生まれる場というのも「3つのレイヤー」があると思っています。1つは、資本主義のスピード感の中で勝負するレイヤー。2つ目は、資本主義レイヤーではあるけど、少し速度をゆるめた“ローカルエコノミー”的なレイヤー。『カドナリ』などはこのレイヤーですね。そして3つ目が、もう完全にビジネスから離れた“アート的な表現”のレイヤー。『虫村』はこのレイヤーです!
共通して言えるのは3つのレイヤー全てに衝動が影響しています!
例えば資本主義のレイヤーでは、「資本主義の中で勝つぞ」っていう人たちを色々とサポートしていますが、ここでの僕も投機的な考えではなく、その人の想いが詰まった「衝動」に僕が動かされているんです!
それは資本主義なのか、ローカルエコノミーなのか、ビジネスから離れたアートの世界なのか、レイヤーはそれぞれ違うけど、大事にしているのは全部衝動ですね!
ーーなるほど!最後にもう一つだけお伺いしたいのですが、その3つのレイヤーごとに中村さん自身の思考や感情も変わっていくのでしょうか?例えば、今日は資本主義バリバリの仕事をして、明日はアート的な活動をする場合、感情がどう切り替わるのかっていうのが気になりました。この3つのレイヤーの中で、自分の感情をどうやってコントロールしていますか?
中村さん:それはなんかもう、多次元宇宙みたいな3つのレイヤーを行き来しながら、切り分けて考えるようにしていますね(笑)!『虫村』に体はいるけど、脳内では資本主義レイヤーで動いていたり、逆に資本主義レイヤーでベンチャー企業の代表と『虫村』で話をしていると身体的にはオフモードになっているような感覚です。
小野:その切り分けは、すごく大事ですね!
僕も中庸という立場上、中村さんの言うレイヤーを行き来することがありますが「今どの自分でいるんだっけ?」という瞬間に遭遇したこともあります。
中村さんはそのレイヤーを自覚して明確に切り分けているから、レイヤーの行き来もチューニングするようにスムーズに調整できて、感情もコントロールも自然にできてそうですね!
中村さん:そうですね!昔のラジオのように、ダイヤルでチャンネルや周波数を合わせるようなイメージでレイヤーを行き来している感覚はありますね!
そのレイヤーごとの「調整弁」のようなものを、その人と過ごす場や関係の中で調整したりするので、割とどのレイヤーに行っても無理なくそれぞれ自然な感情で向き合えているのかもしれませんね!
ーー周波数を合わせるようにレイヤーを行き来して感情をコントロールするというのは、私も含めて参考になる方も多いのではないかと思います!これからも誰かの衝動が中村さんと一緒に結晶化されて、場が生まれていくのが楽しみです!本日はありがとうございました!
誰かの「やってみたい」が、誰かの「応援したい」とつながったとき、場が自然と立ち上がっていく。
藤野ではじまった『虫村』と『カドナリ』の物語は、その連鎖がいかにして始まり、続いていくのかを教えてくれました。
衝動に輪郭を与える場づくり。そんな場づくりのあり方が、これからの社会に必要な場のカタチかもしれませんね。
-information-