ロースクールを目指すはずが料理の道へ。世界を旅して行きついたバリ
−−ゴールドファーブさんが、シェフになった経緯について教えていただけますか?
ゴールドファーブさん:高校を卒業してから35年以上、ずっとレストラン業界で働いてきました。ホールスタッフ、駐車係、ゴルフのキャディ、マネージャー、バーテンダーなど、接客の仕事は一通り経験しました。
その後、料理にも興味を持ち始め、ロースクール進学までの間に料理教室に通い始めたんです。
実は当初の目標はロースクール進学だったので、大学に通いながらレストランで働いていたのです。
でも、次第に料理への情熱が強まり、ヨーロッパに渡ることを決意しました。最初はパリのペイストリー教室に通い、その後フィレンツェのレストランで職を得ました。
幸運にも1999年には、当時世界一と称されたスペインの『エル・ブリ』で働く機会に恵まれたのです。
その後数年間、さまざまな国を渡り歩いた後、ニューヨークに戻り、2005年にデザート専門のレストラン『Room 4 Dessert』をオープンしました。
しかし結局、ニューヨークの『Room 4 Dessert』 は2007年に閉店してしまいました。
そのとき、妻と私は“変化が必要だ”と感じ、これをきっかけにバリ島への移住を決めたのです。そして、2009年に家族でバリ島へ移住し、2014年にはバリ島で『Room 4 Dessert』を再オープンすることができました。
“我が家へようこそ” 3つの空間で紡ぐ『Room 4 Dessert』流のおもてなし
−−さまざまな国で経験を積んでこられたのですね!バリ島で再出発を果たされた『Room 4 Dessert』のコンセプトについて教えていただけますか?
ゴールドファーブさん:『Room 4 Dessert』では、3つの異なる空間で食事をお楽しみいただけます。
まずは屋外のダイニングエリアで軽食を召し上がっていただき、次にメインダイニングルームでデザートを召し上がっていただくために店内へ移動していただきます。最後に、テラスまたはレストランに隣接する庭園でプティフール※1をお召し上がりいただきます。
※1プティフールとは、フランス語で「小さな焼き菓子」を意味する言葉で、一口サイズの可愛らしいお菓子の総称
この体験は、当店のお客様が、まるで我が家に招かれたゲストであるかのような気分を味わっていただけるようにデザインされています。これは、伝統的な昔ながらのレストラン―“伝統的で温かい空間”というアイデアから着想を得たものです。『Room 4 Dessert』は一つの家族だと私は思っています。そして、私たち家族の自宅にお招きするのがお客様なのです。そんな気持ちでやっています。
私たちのチームも10年間一緒に働いていますから、私たちは本当に家族のようなチームで、まさにお客様を家に迎えるような感覚なのです。
バリの食材は“スーパーヒーロー”。『Room 4 Dessert』が贈るデザートコース
−−デザート専門とのことですが、メニュー構成はどのようになっているのでしょうか?
ゴールドファーブさん:メニューはデザートを中心としたテイスティングコースで構成されております。最初は前菜、2つ目と3つ目のコースはデザートです。ガーデンやフードフォレストで育てた植物、そして地元の生産者から仕入れた素晴らしい食材を、すべてのメニューに活用しています。
私はバリ島の食材が本当に大好きです。チョコレート、コーヒー、塩、砂糖はバリ島を象徴する材料であり、ペストリー作りの基盤を支えてくれています。さらに、スパイスや薬草、森の野草も格別ですし、ロゼラやバナナハート(バナナの花蕾)といった素晴らしい食材もあります。私たちが提供する料理に使われるこれらの食材は、私たちにとっては、まさにスーパーヒーローなのです。
歩いてめぐるカフェ・宿・教室。
ゴールドファーブさんの新たな挑戦
−−バリの味覚がふんだんに味わえる内容なのですね!『Room 4 Dessert』以外にも、『Powder Room』や『Shelter Island』も手掛けていると伺いました。そちらについても教えていただけますか?
ゴールドファーブさん:オープン当初はレストランだけの運営でしたが、もっと多くのことをシェアしたいという思いから、5年前に『Room 4 Academy』というペイストリー教室を始めました。ここでは、バリの伝統的な調理法や、ハーブを使った食による癒しなど、私たちの哲学をクラスの参加者に伝えています。
また、『Room 4 Dessert』をもっと気軽に楽しめる場所があったらいいなと考えました。そこで、2022年には隣にカフェ『Powder Room』をオープンし、ペイストリーやローカルの素晴らしいコーヒーの提供をはじめました。3時間かけて楽しむディナーではなく、短時間でも味わえる素敵な体験を提供しています。
また、『Room 4 Academy』に参加する方々のために宿泊施設が必要だと考え、シンプルで心地よいゲストハウス『Shelter Island』もオープンしました。『Powder Room』、『Shelter Island』、『Room 4 Dessert』はすべて隣接しているので、徒歩で行き来でき、バリ島の深刻な化石燃料への依存を少しでも軽減することができます。
−−すべての施設を歩いて楽しめることは、とても魅力的だと感じました。でもそれだけではなく、環境に対する取り組みのひとつでもあるのですね。
ゴールドファーブさん:とはいえ、バリ島に来るためには飛行機を利用する必要がありますよね。それは私たちがあまり触れない皮肉な現実でもあります。
では、私たちはお客様の二酸化炭素排出量を相殺するために何をしているのか?という課題に対応するために、私たちは自分たちのハーブガーデンを小さな森にしました。最初に100本、次に300本の木を植えました。これからも植え続けていきます。これは単に二酸化炭素を吸収するだけでなく、ハーブガーデンの土壌を回復させ、気温を下げる効果もあります。
お金より工夫、輸入より自立。必要なのは身近なモノや人を活かすこと
−−ゴールドファーブさんは持続可能性について、どのようにお考えですか?
ゴールドファーブさん:持続可能性に関しては、よく「何が真にサステナブルなのか?」と質問されることがあります。それに対して、私はいつも「外を見てごらん」と答えます。このバリ島は巨大な開発が進む前までは、ずっと持続可能な場所だったからです。
バリ島では何十年も前から、葉を食品の包装に使っていました。タッパーやラップなんて必要なかったのです。つまり、昔のやり方のほうが、現代的なソリューションよりも優れていたということです。今では多くの人が再びバナナの葉を使いたがっているんですよ。それは素晴らしいことで、まさに伝統的な知恵だと思います。だから、昔の方法が優れていたことを認めればいいだけなのです。
結局、私たちが必要としているのは、よりシンプルなシステムであって、より複雑なシステムではありません。これからの時代には、デジタルな解決策がどんどん増えると思いますが、私たちは常にアナログな手法を取り入れるようにしています。
−−アナログで伝統的な手法を大切にされているのですね。具体的にはどのようなことに取り組んでいるのか、教えていただけますか?
ゴールドファーブさん:「サステナブルなコンセプトを実現するために何千トンものコンクリートが必要だ」みたいな発言には、私はいつも慎重になります。私たちは、新しい建物を増やすことではなく、既存の建物を活用することを大切にしています。
『Powder Room』と『Shelter Island』は、パンデミックで廃墟となりかけていた建物をリノベーションして作りました。誰かの田んぼを奪ったり、すぐに利用できる土地を開発したわけではありません。私たちのガーデンも「tanah kosong」と呼ばれる、直訳すると「ゼロの土地」、つまり米作りや他の用途にも使われていない土地を活用しています。
繰り返しになりますが、サステナビリティの本質に立ち返れば、それはリユース、リサイクル、アップサイクルです。つまり、既存のもの、特に建物を活用することが最も重要だと思います。『Powder Room』はその素晴らしい例です。
−−廃墟になりそうだったとは思えないほど、素敵な内装です・・どのような工夫がされているのでしょうか?
ゴールドファーブさん:壁には「金継ぎ」のような継ぎ目があるんですよ。でも、最近ではこういうのもとてもスタイリッシュに感じてもらえると思います。床のタイルを剥がす必要はありましたが、建物自体は以前のものをそのまま使用しています。
問題解決にお金を使うことは大切ですが、「お金がなければ解決できない」というのは健全な考え方ではありませんよね。それはサステナビリティへの正しいアプローチとは言えないと思います。リサイクルするのに大金持ちになる必要はありません。だって、創造性を発揮するのにお金はかかりませんよね。
私たちはお金の問題に悩んだことが一度もありません。私たちの壁のヒビも床のセメントもそのままで、それがむしろ私たちを魅力的に見せてくれると信じているからです。「お金持ちにならないとサステナブルなことができない」というメッセージを他の人に伝えないこと、それが大事だと思います。
−− 一方で、原料について目を向けると、昨今、世界的にカカオ価格が高騰していますね。その点についてはどう思われていますか?
ゴールドファーブさん:最近のカカオの価格は異常です。でも、別の視点から見れば、“チョコレートは世界中どこでも食べられるべきものではない”ということになりますよね。赤道近くの国々以外には、ローカルなチョコレートは存在しないのですから。コーヒーも同じです。でも、世界中の人々が当たり前のようにコーヒーやチョコレートを求めています。
ですが、今後数年間で、「世界中どこでも手に入る」という前提は揺るがされるかもしれない、と考えています。
ゴールドファーブさん:なぜなら、これらの生産地は気候変動のリスクにさらされており、非常に不安定だからです。しかも、実際にそれを消費しているのは遠く離れた国々の人々なのです。この状況は全く合理的ではないと感じています。
例えば、国内の水域から魚を獲り尽くしてしまったらどうなるでしょう?
コーヒーの供給量を超えて需要が増えたらどうなるでしょう?
鶏肉が手に入らなくなったらどうなるでしょう?
これらの問題は今後ますます顕著になると思います。そうすれば、人々は200年前のように、手元にあるもので何とかしなければならなくなるかもしれません。おそらく50年前ですら、誰もシンガポールにイチゴを空輸していなかったはずです。
いずれ、誰もが食料の自立性を確保する必要が出てくると思っています。輸入品に依存するのは理にかなっていないからです。もちろん、常に例外はありますし、私たちは偏屈になりたいとは思いません。誰もが常に改善を目指しており、それは本当に重要なことです。今こそ、地元の生産者をどう活かせるかを真剣に考える時だと思います。
「才能の格差」は存在しない。バリの才能ある人に、活躍の場を
−−ゴールドファーブさんは、レストランで働くスタッフに関しても、地域に貢献するための多くの取り組みを行われているそうですね。
ゴールドファーブさん:私は、「才能の格差」など存在しないと考えています。
この島の問題を解決するために、わざわざ海外から人材を招く必要はありません。私たちにとって、本当に重要なのは地域コミュニティと協力することです。才能を見つけ出すというよりも、彼らがアクセスできる環境を整えるだけなのです。
「才能の格差があるかどうか?」という議論は常にありますが、外から来た人が「私は専門家だから、私の言うことを聞けばすべてうまくいく」と主張するのは、ばかげていると思います。
インドネシアには3億人の国民がいて、人材不足で悩んでいるはずがないですよね。
でも、適切な機会へのアクセスが不足しているということはあるかもしれません。
−−それは具体的に、どのようなケースが挙げられますか?
ゴールドファーブさん:たとえば、バリ島の女性がシェフやレストランマネージャー、ゼネラルマネージャーになる機会が公平に与えられていないということは考えられます。でも、私たちのチームには多くのバリ人女性が在籍しており、ゼネラルマネージャー、レストランマネージャー、シェフは全員バリ出身の女性なのです。
彼女たちは研修生やスチュワードからスタートし、シェフやレストランマネージャー、ゼネラルマネージャーへと昇進してきました。私たちにとって、これはとてもシンプルなことです。才能のある人には、活躍の場を与えるだけでよいのです。それが最も素晴らしい方法です。人を変えようとするのではなく、彼らにチャンスを提供するのです。
これまでに私たちは多くのスタッフを世界中に送り出してきました。たとえば、東京のL’Effervescence。他にも香港、オーストラリア、シンガポール、クアラルンプール、マニラ、北カリフォルニア、フランス、イタリアなど、様々な国にスタッフを派遣してきました。私はそれをとても誇りに思っています。
繰り返しになりますが、私たちが伝えたいのは、コミュニティに貢献することの大切さです。それが持続可能性の本質であり、ここに住む人々が適切な機会にアクセスできるかどうかが鍵なのです。私たちは、活躍の場を提供し、アクセスを可能にすることを目指しています。
目指すのは、地域の人が食に困らず、健康で、安心して暮らせる未来
−−これまで持続可能性についてのお考えや、具体的な取り組みについて伺ってきました。最後に、持続可能性という観点で『Room 4 Dessert』が目指している方向性について教えていただけますか?
ゴールドファーブさん:私たちは、自分たちの周りの土地と関わり、地域の人々と協力し、環境と調和しながら、環境を支配するのではなく平和的に共存していくという、とてもシンプルな取り組みに専念しています。私たちにとって持続可能性とは、地域社会に価値をもたらし、この地域の人々が食べ物に困らず、健康で、安心して暮らせることです。結局のところ、持続可能性とはそういうものであり、根本的には人に関わることだと考えています。
たとえば、目の前に飢えている人がいる状況で、より良い廃棄物管理の方法について議論しても意味がありませんよね。パンデミックの間、私たちは食事に困っている地域の人々に10万食の食事を配りました。私たちにとって持続可能性とは、他者を思いやることだからです。認知度や賞賛を目的にするのではなく、純粋に他者のために行動することが大切です。危機的状況において必要なのは、派手なスローガンではなく、実際にその危機に対応することです。
ですから、私たちにとって本当に重要なのは、意味のあるやり方で料理を作り、人々に食べてもらうことです。そして、長期的には、ここに住む人々に栄養価が高く満足のいく体験を提供し続けることを目指しています。派手なことをしたり、最新の流行を追いかけたりはしません。より価値を生み出し、より多くの雇用を創出し、空腹の人に食事を提供すること。伝統的でありながらモダンであること。それが、まさに『Room 4 Dessert』の姿だと思っています。
−−ゴールドファーブさん、ありがとうございました。バリ島で、デザートという小さな一皿から社会の課題に向き合おうとする『Room 4 Dessert』の姿に、静かだけれど確かな力強さを感じました。今回、BETTER FOODとのコラボを通じて、日常の「食べること」がどこまで世界とつながっているのかを、あらためて見つめ直す機会になったように思います。
「サステナビリティとは、他者を思いやること」
ウィル・ゴールドファーブさんの言葉が、読む人それぞれの暮らしの中にも、静かに届いていきますように。
今回ご紹介したのは、『BETTER FOOD VOL.3』に掲載された記事のほんの一部です。誌面では、バリ島の多様な人々の声や、より深く現地に根ざした視点が丁寧に描かれています。Vol.1・Vol.2・Vol.3と、それぞれ異なる切り口で“食の未来”を見つめたBETTER FOODの世界。気になる方はぜひ、本誌もあわせてご覧になってみてください。
最後にー『BETTER FOOD』編集部のみなさんへ。
『BETTAR FOOD』の想いが詰まった記事を、Mo:take MAGAZINEの読者の皆さまと共有できたこと、とても嬉しく思っています。また『BETTER FOOD』との出会いが、Mo:take MAGAZINEにとっても大切な学びとなりました。今回ご協力いただいた『BETTER FOOD』編集部のみなさまに、心より感謝申し上げます。本当にありがとうございました。
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