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Food Experience Story
2025.09.16. | 

[Vol.1]未経験で創業150年の油屋を継いだ覚悟と挑戦。 村松製油所・木下伸弥

静岡県浜松市に流れる伊佐地川のほとり、豊かな自然に囲まれた場所に、浜松で唯一の製油所があります。なんと創業は明治5年。村松家により創業された「村松製油所」は、水車を使い川の流れを動力に油搾りをはじめました。時代の移り変わりの中で、戦後に導入された搾油機による代々受け継がれた製法を今も大切に守り、地域に根ざした油づくりを続けています。

2018年、そんな伝統ある油屋を継いだのが、木下伸弥(きした・しんや)さんです。

それまで19年間自動車メーカーに勤めていた会社員だった木下さんは一体なぜ、150年続く老舗の油屋を、未経験で引き継ぐことになったのでしょうか。そこには家族や仲間に支えられながら踏み出した、新しい挑戦の物語がありました。

全3回でお届けする木下さんのインタビュー。Vol.1の今回は、「継ぐこと」を決意するまでの心の揺れと、その裏側にある人とのつながりをお届けします。

餃子の年間購入額全国1位の浜松。家庭の餃子は思い出の味

編集部が訪れたのは、浜松駅から車で数十分の場所にある村松製油所の本社。同じ敷地には、村松製油所のごま油を使用した様々な料理が楽しめる古民家キッチン「ゑふすたいる」や70年前の搾油機が現役で活躍する工場があります。

古き良きものを大切に活かしながらも、今の時代に合わせたデザインやコミュニケーションのあり方で、美味しいごま油を人々の暮らしに届ける村松製油所。代表・木下さんは、明るく軽快にお話ししてくれました。

 

−−本日は宜しくお願いします!では早速、木下さんのご出身など基本的なところからおきかせいただけますか?

木下さん:本日は宜しくお願いします!私は浜松で生まれ、小学校5年生までは佐鳴台という街に近い場所で育ちました。それ以降は、篠原という海寄りの土地に引っ越し、社会人になって結婚するまでそこで暮らしていました。生粋の浜松っ子です!

 

−−そうなんですね!では、浜松のことは木下さんに聞けば、何でも分かりますね(笑)!?

木下さん:そうですね!半分くらいは分かります(笑)!

 

−−そんな生粋の浜松っ子である木下さんが思う、浜松の郷土料理や家庭料理とはなんでしょうか?

 

木下さん:浜松といえばやっぱり餃子ですね!実はお店に餃子を食べに行くことはあまりなくて、家庭で作る餃子が“おふくろの味”と言ってもいいくらい浜松の人にはなじみ深いんです。家庭によって大きさや、具材、焼き方も違うので、各家庭に独自の餃子の味があるんですよ。私も我が家の餃子を食べて育ちましたし、浜松といえば餃子っていうのは幼少期から叩きこまれてきてますよね(笑)!

だから浜松には、個性豊かな餃子屋さんがたくさんあるんです。実際、餃子の年間購入額は、ニュースで取り上げられるほどで、浜松は2年連続で全国1位。全国でも1、2を争う“餃子のまち”なんですよ。

 

−−やはり餃子でしたか!しかも家庭の味がそれぞれ違うんですね!ちなみに木下家では、“餃子をこう食べる”と言ったような食べ方や作り方はあるのでしょうか?

木下さん:そうですね、うちではまず餃子のタネにごま油を練りこんで、焼く時にもごま油をひいて焼くんです。そうすると皮にも香りがついて美味しいですよ。

 

−−それは絶対に美味しいやつですね!!木下さんにとって、ごま油はずっと身近な存在だったんですね!そんなルーツもあって油屋を継ぐことになったのは、何か運命的なものを感じてしまいます!

木下さん:確かに無理やりつなげるとすれば、そう言うこともできますね(笑)!

 

「一度は断った」ー 生半可な覚悟ではできない。

−−2018年に「村松製油所」を受け継いだとのことですが、もともとは、油屋とは関係ないキャリアを歩んでいたそうですね。「村松製油所」を継ぐ前はどんなお仕事をされていたんですか?

木下さん:もともと私は浜松の高校を卒業後、大手自動車会社に19年間勤めていました。サラリーマンだったんですよ。

そして、そのサラリーマンの当時とあるご縁で「村松製油所」と出会いました。そこで色々なお話をする中で、「村松製油所は村松家によって代々営まれてきましたが、後継者がいない」ということを知りました。そして、誰か会社を継いでくれる人を探しているというお話を伺い、私に「村松製油所の後継者になってくれないか」とご相談を頂いたんですよ。

 

−−長年勤めた会社を退職されて、畑違いの会社の経営者になるという挑戦は、少し想像しただけでも、相当な覚悟がいるものだと思います。そのお話を受けて、木下さんはどのように感じましたか?

木下さん:やはり突然のことで「自分がやる」ということを想像もできませんでしたし、真摯に受け止めて相当悩みました。そして悩んだ末、一度はお断りしたんです。

 

−−真剣に悩んだからこそお断りされたんですね!その時は、どんな悩みや葛藤がありましたか?

木下さん:声をかけてもらった以上は、周りの環境や、自分の意志に改めて真剣に向き合ってお返事をしたいと思っていました。でも、一言で言えば、安定を取るか、冒険を取るかの選択だと思いました。これまで19年間同じ会社に勤めていたので、当時の会社の中では自分の居場所も確立していたし、この先のキャリアも考えていました。

 

木下さん:ところが、当時やっていた仕事とは全く別分野の油屋の仕事は完全にゼロからのスタートです。全く分からない業界で、サラリーマンがいきなり経営者になるなんて、具体的に何をしたらいいのか、本当に全くわからなかったので悩みました。しかも、経営者(最初は取締役、代表に就いたのは、経験を積んでからの2021年)になるわけなので誰かが一から教えてくれるという立場でもないわけです。そうやって一つひとつの状況を整理して考えた結果「やっぱり無理だよな」という結論に至ったんです。

 

−−そのまま会社にいて、安定したキャリアを歩むという輪郭が見えていた未来に比べて、全く未知の世界ですよね!でもお断りされたあと、最終的に引き受けようと決意を固めるまでに、どのような経緯があったのでしょうか?

木下さん:私が一度お断りさせて頂いた後も、何度も私に声をかけ続けてくださったんです。だから私自身も「村松製油所」について改めてもっと知りたいと思うようになりました。でも調べれば調べるほど、「歴史がある村松製油所を自分が担うなんて」とさらなるプレッシャーを感じましたね。

そもそも100年以上続く会社は、日本でもごくわずかです。だからこそ、「自分が断れば、この会社が潰れてしまうかもしれない」とも思うようになりました。その一方で、「自分の力で、この会社の次の100年を守っていけるのだろうか」という大きなプレッシャーになってしまったんです。

 

誰か1人でも反対したら、会社を継ぐのはやめよう。

−−確かに歴史や伝統のある会社を担うには、相当な覚悟が必要ですし、プレッシャーも相当なものだったのだと思います。会社のことを知れば知るほど悩まれたと思いますが、誰かに相談もされましたか?

木下さん:私には家庭がありますので、当然1人で決めるわけにはいきません。その自分の決断で、本当に家族を養うことができるのかがすごく重要です。ただ自分自身では本当に迷いがあったので、まずは身近な人たちに相談して、誰か1人でも「やめたほうがいいよ」と言ったら、やめようかなって思っていたんです。そこでまず最初に、妻に相談をして、その後、自分の信頼できる方々にも相談をしました。

 

−−なるほど!誰かに話してみようというのは、木下さん自身の中には、やってみたいという想いも芽生えていたのでは?という印象を受けましたが、その一方で、周りの人の反応はいかがでしたか?

木下さん:それが…反対する人がいると思っていた私の予想とは裏腹に、みんながみんな「やってみなよ!」って言うんですよ(笑)!

 

−−まさかの展開ですね!ということは、奥様も賛成してくれたということですよね?そんな大胆な相談を受けて奥様がどう思われたのか気になります!ちょうど奥様もいらっしゃるということで、ここで少し奥様にもお話を伺いたいのですがよろしいでしょうか?

 

木下さん:はい、もちろんです(笑)!

 

−−ありがとうございます!では奥様に早速お伺いしたいのですが、木下さんが当時の会社を辞めて、村松製油所を背負うか迷っているというお話を聞いた時、率直に不安はなかったんでしょうか!?

奥様:確かに不安はありましたね。これまでは安定したお給料をいただいていましたが、自分たちで経営していくとなると、収入面も不安定です。仕事内容もこれまで全く関わったことのない食品業界ですし…。

ただ、そう思う反面、私は長年彼を見てきて、彼の性格的に、誰かに指示をされるよりも、自分で考えて自らの意思で行動して、良くも悪くもその結果がダイレクトに返ってくるというほうが、彼自信が成長しながら楽しく仕事ができる人なんじゃないかなって思ったんですよね。

 

−−素敵ですね!一番近くで木下さんを見てきたからこそ背中を押せたのではないかと思います!

奥様:そうですね。もちろん、不安もありましたが、当事者である彼の事を思うと、不安よりも応援したい気持ちの方が強くなっていたのかもしれませんね。

 

−−私は村松製油所の木下さんしか存じ上げないのですが、あの明るさと笑顔を見ていると、本当に楽しそうに働かれているのだと感じます。もちろん色々と大変なこともあるはずですが、その笑顔は、奥様が思い描かれていた「楽しそうな木下さん」の姿なのかな、とお話を伺いながら思いました。奥様は、大きな決断をされた木下さんや会社を、どのように支えてこられたのでしょうか。そのあたりも、のちほどぜひお聞かせください。

 

−−奥様の素敵なお話を伺って、一番初めに相談したところから答えは出てしまったような気がしますが、他の方にも相談されて印象に残った言葉はありますか?

木下さん:本当に妻の応援はすごく大きな力になっています!他にも、自分の両親にも相談しました。「リスクがあっても最後に決めるのは自分だよね。やりたいと思うなら、やってみたら?」と、やはりここでも背中をおされました。

その他にも、当然会社を辞めるかどうかも迷っていて、前職の上司の方にも相談させていただいたんですが、その方の言葉も強い後押しになりましたね!相談するなり上司はすぐに「本心ではやりたいと思っているんじゃないの?」とおっしゃったんですよ。

その方はその後に、私にこう投げかけました。「悩んでるっていうことはさ、そっちに興味があるわけだよね?悩んでいる時点で村松製油所を継いでいきたいっていう気持ちがあるんじゃないの?それを後押ししてほしいんじゃないの?」って。

 

−−木下さんの本音を見抜いて、皆さんが背中を押してくださったんですね!木下さんとしてはそんな皆さんの意見を聞いて、どのように受け止めましたか?

木下さん:これでもう迷いは吹っ切れた、踏み出さなきゃいけないな!と思いましたね!「やる」と言ったからには、とことんやりきりたいと思いました!

 

−−これまでお話をお伺いしてきて、私には周りの人が木下さんを応援する方々のお気持ちが分かってきました!明るく前向きな木下さんを頼りたくなったり、面白くなりそう!ってつい期待をしてしまうような気がします!

 

経営者就任―やりたいことをやる前に、社内の信頼関係を。

−−実際、未経験で経営者になられて、やらなければならないことや、学ばないといけないことが山積みだったと思いますが、いかがでしたか?まずはじめはどんなことから取り組まれたのでしょうか?

木下さん:そうですね。それは本当に泥臭く、1つ1つこなしていくしかなかったです。自分が正しいんじゃないかって思ったことを、仮説を立てて、1つ1つ実践していきました。具体的に、最初に私がやったことといえば、お掃除ですね!

 

−−お掃除ですか!?

木下さん:はい!もう油搾りのやり方なんて当然わかりませんし、ましてや製油所には、ベテランの「匠」と言われる方々がいらっしゃいます。そんなプロの方に、私が何かをお伝えできることもないわけです。

だから私は、自分が会社のこと、そして油搾りのプロセスを理解できるようになるまでは口を出さないと決めたんです。

それからは、きちんと理解できるようになるまで、徹底的に現場に入って、「匠」の方がいつ、どのような方法で、どんな作業をするのかをずっと眺めてました。当時の何も知らない私には見て覚えるということが一番の勉強になりました。

 

−−とにかく見て学んでこられたわけですね!こうした技術面以外に、経営も初めての経験ですよね。そのあたりの難しさもあったのではないでしょうか?

木下さん:これは会社を継ぐときの課題の1つだと思いますが、経営者が変わるというのは、その会社の取引先にとっては関係のない話で、それよりも重要なのは、経営者が変わっても、ちゃんと安定的に製品を供給してくれるかどうかという点だと思います。

取引先と約束をしている以上は守らなければいけないし、ましてやその窓口はこれからは私になるわけです。2018年の1月1日から経営者になり、早速、1月5日には外部との打ち合わせが入ってきました。

でもその時に、私は「知らない」と言えないんですよ。ですから「ちょっと時間ください」と言って調べて、またすぐ折り返すというのを繰り返して、やっと自分で説明ができるようになりました。

 

−−お話を聞いていると、1つ1つ、本当に誠実に取り組んできたことが伝わってきます。

木下さん:何よりもまず最初は、従業員の信頼を得ないと絶対にダメだと思っていました。やっぱり経営者が変わったことによって、従業員としては少なからず戸惑いがあったと思うんです。そこをなるべく早く解消するのと同時に、取引先さんとの信頼関係も積み重ねていくことが大事だと思っていました。

 

−−具体的に、従業員の方からの信頼を得ていくために、取り組んだことはありますか?

木下さん:そうですね。まず最初に3ヶ月、6ヶ月、1年というスパンで計画を立てていました。まず3ヶ月で社内の信頼関係を構築して、新たに何かやり始めるならば、3ヶ月後から。それができたら6ヶ月以内に何か1つ私がやりたいことをやらせてもらい、1年後にその結果を振り返った上で、続けていくべきことを社内に伝えていきました。

その結果、3ヶ月から6ヶ月の間には、1人1人と話ができるようになって、私がやりたいことに対しても、みんなが向き合ってくれるようになりました。

 

−−なるほど!みなさんとのコミュニケーションを大事にされてきたんですね!

木下さん:はい、社内でまとまりがない状態では、良い製品は作れません。良い製品が作れなければ、注文も減ってしまい、仕事がなくなり、雇用も守れなくなってしまいます。とはいえ、経営者である以上、雇用を守る責任があります。そのためには、社内の信頼関係を強固にし、お客さんから注文いただいたものを、ちゃんと製造しなければいけないんです。本当に、その繰り返しがすべてだと思っています。

 

−−人と人が力を合わせて、お客さんの期待に応えてこそ会社が存続できる、そして「会社は人である」ということが良く言われますが、まさにそれを体現されているように思います。そんな社内の方々がコミュニケーションを取りやすいように工夫したことはありますか?

木下さん:そうですね!例えば従業員の家族を含めてみんなで、工場の前でバーベキューや流しそうめんをしたんです!

その時は近くの竹藪にみんなで行って、取ってきた竹を使って、職人さん主導でみんなで10mくらいの流しそうめんを作ったんです。その時ばかりは、油搾りはちょっとお休みして、みんなで盛り上がりました!

 

−−10mとはまたすごいですね(笑)!同じものを一緒に味わうってすごく大切なことですよね!企画をした木下さんとしては、嬉しかったのではないですか?

木下さん:はい!これは正直嬉しかったです!最初は、みんな参加してくれるのか不安もありましたが、誰1人欠けることなく来てくれたんですよね!結局私たちは、仕事が始まってしまうと、みんなそれぞれの持ち場に行くのでバラバラになって、あとは黙々とそれぞれの役割の仕事を全うするんです。だから実は、みんなが一箇所に集まって同じ時間を過ごすということはほぼ無いんですよ。そういう意味でも、みんなでコミュニケーションをとる機会を作れたのは嬉しかったですね!

 

木下さんのお話からは、150年続く会社を継ぐことの、並大抵ではない覚悟と努力が伝わってきます。一方で、そんな木下さんだからこそ、周囲が応援し、期待を寄せ、人が集まってくるのだということも感じられます。

Vol.2では、コロナ禍という未曾有の危機の中、取り組んだ新事業についてお話を伺います。

 

– Information –

『村松製油所』
所在地 :静岡県浜松市中央区湖東町4176
営業時間:10:30~16:30
定休日 :月曜日

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