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Food Experience Story
2025.09.18. | 

[Vol.2]コロナ禍で、誰もが反対した起死回生の一手とは?

浜松で唯一の油屋である「村松製油所」。150年続くそのお店を継いだのが、会社員だった木下伸弥(きした・しんや)さんです。前回は、油屋、そして経営者という世界に未経験で飛び込み、地道に従業員や取引先との信頼関係を築き上げてきた道程について伺いました。

木下さんは「村松製油所」の経営者就任後まもなく、未曾有のコロナ禍に見舞われます。そこで始めたのが、飲食店「古民家キッチン ゑふすたいる」です。看板メニューは、地元の素材と製法に徹底的にこだわったローストビーフとローストポーク。「村松製油所」の油と地元の食材を活かした料理を、落ち着いた古民家で堪能できるレストランは、数々のメディアに取り上げられています。

実はこのレストラン、飲食業界が苦境に立たされたコロナ禍に、オープンした、苦境打開の一手だったのです。Vol.2では、このレストランのオープンや商品開発についてお話を伺いしました。

3ヶ月間収入ゼロ。起死回生の一手がレストランだった。

−−木下さんは、2018年の経営者就任から間もなく、コロナ禍という予期せぬ事態に直面されました。飲食関係の方々にとって、大きな影響があったと思いますが、「村松製油所」ではどんな状況でしたか?

木下さん:実は、コロナ禍があったから今がある、とも言えるんです。2018年に私が経営者に就任したとき、事業全体の99%をBtoB(法人向け事業)が占めていたんです。まず私は、そのBtoB事業を盤石なものにしようと取り組んで、施設の老朽更新の計画や、金融機関へ将来を見据えた相談を始めていました。その矢先に始まったのがコロナ禍でした。

緊急事態宣言により、消費が冷え込み、取引先からの注文が激減。99%をBtoB事業が占めていたので、受注が激減した分を直ぐに挽回する術もなく仕事が無い状況に。でもそんな状況の中でも雇用だけはずっと守ってきました。

でもだんだん資金がなくなっていくにつれて…これはまずいぞ!って思いました。

 

そこで私が着目したのが、BtoC(一般消費者向け事業)でした。BtoBは取引相手側のお客さんあっての仕事なので、私たちがどれだけやりたいと言っても、仕事が増えるわけではないですよね。でもBtoCは自分たちがやればやった分だけ、裾野を広げることができます。だから、体力があるうちにBtoC事業を始めようと考えました。

 

−−まさに再起をかけた一手だったんですね!どんな事業を考えられたんですか?

木下さん:もちろんBtoC向けの物販は大前提だったんです。でも、ただ見た目を新しくして商品を並べても、わざわざ油だけを買いにお店に来る人なんていないということは、もう歴史が証明しています。これをいくらやろうが売上は上がらないと。

そこで、飲食店をやろう!と思ったんです。「村松製油所」の油を使った料理を提供して、うちの油の魅力をお料理を通して楽しんでもらい、魅力に気づいてくれたお客さんが気軽に「村松製油所」の油を購入できる仕組みを飲食店をやることで作れるんじゃないかと思いました。

 

−−なるほど!そのアイデアを伝えたときも、やっぱり転職の時のように皆さんは「いいね!やってみなよ」って応援してくれたんじゃないですか?

木下さん:そう思いますよね!でも違うんですよ…今度はみんなに反対されました(笑)!「緊急事態宣言でレストランが軒並み営業できない状態なのに何を言ってるの?」って…逆の立場だったら私でも思うかもしれませんね(笑)。でも、私の中ではもともとBtoBを盤石にしたあとで、10年後くらいにBtoCを始めたいと考えていました。ところが、コロナ禍でBtoC事業に踏み出すしかないと思ったんです。

 

苦境を乗り越えるために、生家を活かしたい。

−−すごい決断ですよね!そこからどういった流れで開店に至ったんですか?

木下さん:周りに反対され傷心の中(笑)、私が村松製油所を継いだときに入所した浜松青年会議所の同期で、今でも一緒にやってくれているシェフに相談したんですよ。もともと、村松製油所の油を使ってくれていたので、相談してみようと思いました。

するとシェフもコロナ前は夜にレストランの営業をしていたのですが、コロナ禍では夜の営業ができない状態が続いていたので、ランチをやりたいと考えていたタイミングだったんです。
そうしてお互いの想いを話していくうちに、「一緒にやろう」と言ってくれたんです。

そんなシェフから「村松製油所の油は本当においしい。もしまずかったら、私は一緒にやろうとは言わない。」と言ってもらえたことがすごく嬉しかったですね。 そして何よりも励みになりました!

 

−−また新しいことに挑戦するタイミングで良い仲間に巡り会えたんですね!シェフの言葉もとても勇気づけられる言葉ですね。シェフが決まって、次に“どこでやるか”という場所の問題があると思いますが、場所についてはすぐに決まったのでしょうか?

 

木下さん:はい!お店の場所としては、同じ敷地内で当時は事務所兼検査室となっていた築120年を超える“村松家の生家”というのが頭の中にはありました。

というのも、レストランを始める以前は、メンテナンスなども中々行き届かず、老朽化が進む一方でした。そうなると、壊すのか、活かすのかという選択肢になるわけですが、私はそうした村松家の歴史がある場所をなにか活かす方法はないか、どうにか残せないか。とずっと思っていたんです。

だから、レストランができるなら“この場所”を活かしたいと思っていたんです!ただ、村松家の生家に手を加えることになるので「会社として今の苦境を乗り越えるために、手を加えさせてください」と、村松家にお願いをして承諾いただき、ようやく実現することができました!

 

−−そのレストランは工場の隣りにある素敵な佇まいの「古民家キッチン ゑふすたいる」ですね!生まれ変わった今、たくさんのお客さんに喜ばれていますよね!でも工事は相当大変だったんじゃないですか?

 

木下さん:そうですね、簡単ではありませんでした!改装のコンセプトとしては、明治5年創業の会社なので、和のテイストを残したいと思っていました。古民家の趣は残しつつ朽ちているところは補強して、床も全面張り替えるなど、工事は本当に大変でしたが、完成した時は本当に嬉しかったです!

 

−−それは嬉しいですよね!先ほどお邪魔したら店内の雰囲気はすごく趣があって、タイムスリップしたような感覚を覚えました。当時の素材をそのまま使用しているものもあるのでしょうか?

木下さん:使えるものは当時のものを活かしていますね!例えば店内の窓ガラスなどはもう当時のままです。今ではもう手に入らないガラスなんですよ。

 

−−やはりその頃の建物に使われている素材は貴重なんですね。ノスタルジックな雰囲気は当時からあるモノだからこそ出せる雰囲気だと思います。

 

レストランを知ってもらうため、自ら積極的な広報活動

−−すっかり人気店のように見えますが、オープンの告知はどのようにされたのですか?

木下さん:戦略的に報道への露出を図りました。青年会議所で広報のノウハウを教えてもらい、とにかく私自らプレスリリースを書いて、メディアの方々にお知らせもしました。中でも私がこだわったのは、ただのオープンの告知ではなく、プロジェクトの立ち上げのところから取材をしてもらうことでした。

すると“コロナ禍に挑戦する若者たち”という切り口で、私たちの仲間が5人ぐらい集まって記事にしてもらえたんです。そうしたらオープン目前にテレビ局の取材が入って、リノベーションの様子を番組にしてもらえました。それが結果的にオープンの告知になり、他のメディアの取材にもつながりました。そういった相乗効果でオープン時には、たくさんのお客さんが来てくれました!

 

−−すごいですね!新しいノウハウを学んですぐに実行に移す行動力が、本当にすごいと思って聞いていました。

 

新商品の開発で、浜松らしいラー油も登場!

木下さん:また生家があった母屋をリノベーションしてレストランをオープンしただけでなく、2021年には敷地内にあった蔵もリノベーションをして、油工房を作りたいと考えました。そうして新たな商品を開発をするための環境を整えていきました。

 

−−商品ラインナップがたくさんありますもんね!木下さんが村松製油所で今の商品ラインナップを作るまでは、主にどんな商品があったんですか?

木下さん:私が入社した当時の「村松製油所」の商品は、「ごま油」と社名だけ書かれた一升瓶と缶で販売していました。

 

−−これはこれでかっこいいですね!

木下さん:一般のお客さん向けの商品なのですが、おっしゃる通り、かっこいいんです!私は好きなんですよ、この潔さ!でもこれを売ろうとすると、中々売れなかったんですよね(笑)。一升瓶は重いですし、家庭では捨てづらいという面もあります。そこで2019年に、一般のお客さん向けに、パッケージも刷新し容器違いの商品「胡麻油<白>」と「胡麻油<赤>」を作りました。

もともとはごま油屋なので、ごま油だけを作っていたんですよ。でも、ごま油だけでは大手メーカーにはどうしても敵わないところもあります。そこで従業員のみんなと話してて話題に上がってきたのが、「餃子」だったんです。

「浜松にごま油屋があってなんでラー油がないの!?」って(笑)。

「それもそうだ」と思って、ラー油を作りはじめました!

そこで、浜松だし、ラー油ならいろんな種類があっても良いなと思って、5種類作りました!
ラー油だけでこんなに種類のあるごま油屋さんはなかなか無いと思います(笑)!

他にも、贈答用のパッケージを作ったり、おかき屋さんとコラボレーションをしたり、色々な取り組みをしましたね。

また、こちらはちょっと遊び心を加えて、私の友人の農家さんが作っている、浜松産のハラペーニョやハバネロを使ったラー油です。「灼熱戦隊」というテーマでイエロー、レッド、ブラックと3種類の辛さのレベルが選べるようになっているんですよ。

 

−−色がとてもキレイですね。私は以前ブラックを食べたことがありますが、辛い中に深みがありますよね!辛いもの好きな人には堪らない一品ですね!

木下さん:そうなんです!結構人気商品で、ただ辛いだけではなく、うま味もあり、味もしっかり追及した自信作なんですよ!

 

−−それぞれの商品のデザインもすごく素敵ですよね!

木下さん:ありがとうございます!これも含めてうちの今の商品のパッケージは妻がデザインしたものなんです(笑)。

 

−−え!奥様がデザインをされていたんですね!ここで改めて奥様にもお話しをお伺いしたいのですが、奥様はもともとデザイン関係のお仕事をされていたんですか?

奥様:いいえ、デザインの経験は全くなく、以前は幼稚園の先生をしていました。でも、幼稚園では画用紙で何か作ったりするのは好きでしたね。だからと言ってデザインを担当する予定はなく、はじめは村松製油所の総務や経理など、事務の仕事だけをする予定でした。

−−そうだったんですね!でも、実際にデザインの担当をされてみてどうですか?

奥様:すごく楽しんでいる自分がいましたね(笑)。初めのうちはパソコンに慣れていないので、実は凄くアナログな方法で作ったモノもあるんです。

 

−−えっ?どんな方法なんですか?

奥様:「消しゴムはんこ」ってご存知ですか?消しゴムにデザインを彫って作った「消しゴムはんこ」を押して印刷にかけて作ってるんです(笑)

 

−−手作りだったんですか!だからレトロな風合いが出るんですね!このレトロさが歴史あるごま油に合っていて、なんとも素敵です。ご夫婦で一緒に商品開発ができるって良いですね!

木下さん:お互いに真剣だからこそ、たまーにバチバチすることもありますよ(笑)!でも本当に妻には助けてもらっています!このようなごまの葉っぱをデザインに入れてるのは、昔から「村松製油所」で使用していたデザインを今のデザインに踏襲してるんですよ。

 

70年前続くごま油の製法を守りながらも、チャレンジングな商品を。

−−新商品を含め、色々と商品をご紹介いただきましたが、「村松製油所」の商品にはどんなこだわりや想いが込められていますか?

木下さん:ごま油づくりの原理原則は本当に変わらないと思っています。大手メーカーの作り方と我々の作り方は、機械が違えど同じです。

「村松製油所」では70年前から同じ搾油機(種から油を搾り出す機械)を使いながら、手作業で作業をしています。今の時代では、自動化されることが多い製造業界ですが、昔ながらの大手製法を引き継いで作ることにこだわりを持っているんです。

こうしたこだわりを貫き通せるのも、この規模の会社だからこそ、好きなことができる面もあり、そこがうちの強みだと思います。昔から変わらない製法があるということを、今後も様々な人たちにごま油を通して伝えていきたいですね。

 

−−伝統は、モノだけでなく、そのスタイルも受け継がれていくんですね!また伝統を守りながらも、商品ラインナップを広げるなど新しい事にもチャレンジされてらっしゃいますね!

木下さん:はい!それが出来るのも私たちの規模だからこそだと思います。Mo:take MAGAZINEさんでも記事にしていただいていますが、昨年2024年12月にごま油メーカーの商品が一同に集まったイベントで、『ごま油部』を作った五月女(そうとめ)さんが開催した「SOSOGE FES2024」に参加しました。

その時にある大手メーカーさんから「柔軟に色々な新しい商品が作れるのは凄くいいですね!」と言われたのですが、大手メーカーでは商品開発をするにも、売り上げに繋がるのかなども含めて複雑な承認段階を経る必要もあると思うんです。

そうすると中々チャレンジングな製品を作ることは難しい。だから私たちは大手さんがやりたくても出来ないようなことを、私たちらしいやり方でやっていくことも業界を盛り上げるために必要なことだと思っています。

 

−−確かに一般的にお店に並んでいるごま油は、変わり種のような商品はあまり見かけませんね。五月女さんが企画した「SOSOGE FES2024」では、本当に多種多様なごま油を体験する機会になり、香りや味など全てにおいて、ごま油の世界の奥深さを知ることができました。

木下さん:本当に良いイベントですよね!おかげさまで、お客さんも企業や商品の背景にあるストーリー、こだわりを好きになってくれる方が増えています。それらを知ることで、今まで知らなかった商品に挑戦したいと思ってくれている人が増えているのを実感しますね。

各社が味や香り、製法を差別化すべく日々切磋琢磨しているので、それが一堂に会して集まる「SOSOGE FES2024」のようなイベントは、めったにないので企画してくれた五月女さんには本当に感謝しています。

 

代々伝わる製法を大切に受け継ぎながらも、会社を維持、発展させるため、果敢に新たな挑戦を繰り返す木下さん。

時には周囲の反対を受けながらも、決断したことを軌道に乗せるために学び続け、即座に実行するその行動力には目を見張るものがあります。

Vol.3では、木下さんが経営者に就任して7年が経過した現在も大切にしていること、そしてこれからの村松製油所が目指す姿についてお届けします。

→ Vol.3はこちら

– Information –

『村松製油所』
所在地 :静岡県浜松市中央区湖東町4176
営業時間:10:30~16:30
定休日 :月曜日

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