
美味しいだけでは足りない | Good Coffee Is Not Enough
文:増田啓輔|maau
「コーヒーって、こんなに個性がある飲み物なんだ。」
16年前、スペシャルティ・コーヒーを初めて飲んだ時に受けた感動は、今でも鮮明に覚えている。その後、人生で初めて「シングルオリジン」を飲んだ。酸味のニュアンスや風味、質感の違いに心を打たれ、世界が一気に広がった気がした。
ここ10〜20年のスペシャルティ・コーヒー業界の発展は目覚ましく、シングルエステートやシングルプロデューサー、新しい精製方法など、さらに細分化された情報が当たり前になっていった。業界の解像度は今も上がり続けている。
インターネットの通信速度のように、当たり前の基準が毎年アップデートされている。よりクリアで繊細な味わい。より高いカップ・クオリティの追求。コーヒー好きな人間としては、ただただワクワクする状況かもしれない。
でも、ふと後ろを振り返ると、違う問いが浮かんでくる。「この美味しさの追求は、地球にもプラスなのだろうか?」
コーヒーを飲む前に、すでに多くの資源が使われている
バリスタとして働いていた頃、その日の抽出レシピを決めるのが毎朝のルーティンだった。その日のレシピを決めるためだけに、3〜4ショット(60〜80g)のコーヒーを使う。挽き目を少し動かすだけで、2〜3ショットはフラッシングで流れていく。たった一杯の「美味しい」を安定して届けるために、見えないところで使われる豆の量は想像以上に大きい。
カフェラテを一杯つくるにも、バリスタが習熟するまでにはかなりの牛乳が必要になる。ミルクスチームに慣れるまで、流れていくミルクの量。技術習得の裏側で積み上がっていく「資源の消費」を思うと、なんだか納得がいかなかった。
最近では、タンブラー推進やステンレスストローの導入など、店舗単位でできるサステナブルな取り組みは確実に増えてきた。B Corpのような認証制度やサスティナビリティレポートを発行する企業も増え、エネルギー消費の可視化や再エネへの移行も少しずつ進んでいる。他にも、挽き目調整後のロスが少ないグラインダーなど、小さな変化でも、確実にポジティブな波は起きているのは確かだ。
しかし、コーヒーの未来が気候変動で脅かされているという「2050年問題」は、ずっと自分の心に残り続けている。いま味わっているコーヒーの美味しさが、あと25年ほどで大きく変わってしまうかもしれないという現実。しかもその原因には、僕たちの消費のあり方も深く関わっている。

リジェネラティブ・オーガニックとの出会い
コーヒーの問題について、自分たちは何が出来るのか?そんな問いに向き合う中で出会ったのが、リジェネラティブ・オーガニックという考え方だった。土を再生し、農地を豊かにしながら栽培する農業。「廃棄を減らす」「省エネをする」といった消費国で行う改善とはまったく異なる、そもそもの入り口から変えるアプローチだった。これも僕にとって大きな衝撃だった。
どれだけ消費国側で無駄を減らしても、自然そのものが持続可能でなければ未来のコーヒーは守れない。生産者が苦しんだり、その土地に住めなくなってしまったら、カルチャーとしての継続もあり得ない。そして、肥料や薬剤で作られた均一な風味ではなく、自然の複雑性そのものが美味しさとしてもっと評価される未来もあり得るのでは、と思ったのだ。
どれだけ素晴らしい味わいを求めても、その土台となる自然環境が揺らげば、未来のカップ・クオリティは守れない。コーヒーは、世界中の人々の暮らしに溶け込む飲み物であり、農産物の中でも特に市場規模の大きさを持つコモディティとして取引されている。だからこそ、僕たちがコーヒーと向き合う姿勢を見直すことは、これからのフードシステムをより持続可能なものへと変えていく大きな一歩になる。
コーヒーが「高級品」になってしまう未来への不安
専門性がどれだけ深まっても、僕がコーヒーに惹かれ続ける理由は、変わっていない。500〜800円くらいで、誰でも気軽に手に取れること。その一杯を片手に、誰とでも対等に会話ができること。コーヒーは、ただの飲み物である前に、コミュニケーションの道具だった。
知らない人とも距離が縮まり、友人とはより深くつながれる。「ちょっとお茶しよう」という軽いキャッチアップの文化は、日本にも深く根付いている。
サステナブルとは、結局のところ、過度に拡大しすぎないことかもしれない。大量消費ではなく、必要な分だけ、地域で焙煎し、地域で飲む。豆腐を買うときに、わざわざ遠くの店から取り寄せないように。コーヒーも、そんな距離感でいいのかもしれない。ローカルで完結するコーヒー文化は、環境負荷を下げるだけでなく、人と人とのつながりも育ててくれる。
もし、その一杯が数千円になってしまったら…。「コーヒーでもどう?」という会話の入口が、気軽ではなくなってしまうだろう。文化としてのコーヒーが、手の届かないところに行ってしまう。残念ながら、すでに生豆価格は気候変動の影響で過去最高を更新し続けており、コーヒーの値段が上がる要素は他にも無数に存在する。
美味しさの追求はもちろん大切だ。でも、それだけではコーヒーが「みんなのもの」ではなくなってしまう。
コーヒーの未来を、特別な人だけのものにしたくない。この文化を支えてきた気軽さやオープンさも守りたい。だからこそ、こう問いたい。美味しいだけでは足りないんじゃないか。地球にも、生産者にも、そして飲む僕たちにも、同じだけの恩恵が返ってくる仕組みが必要だ。それは味の追求と同じくらい、価値ある「創造」だと思う。2050年以降も、誰もがコーヒーを片手に、今と変わらない会話を交わせますように。
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いかがでしたか?
一杯のコーヒーの先にある、見えないつながり。その問いは、きっと私たちの日常にも重なってくる—そう感じた方も多いのではないでしょうか。
今回のコラボを通して、あらためて「食べること」の奥行きと、その先に広がる世界の豊かさに気づかされました。
こうした視点を届けてくださった『BETTER FOOD』編集部のみなさんに、あらためて心より感謝いたします。
今回ご紹介したのは、Vol.4のほんの一部。
ぜひこの機会に、本誌の中でその世界を味わってみてください。
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