2023.07.18. | 

[Vol.1]老舗のお弁当屋をカフェ・ゲストハウスにリノベーション。「緑あふれる庭に集まって」 建築家/洋建築企画山口理紗子さん

豊かな自然に囲まれ、明治時代から人々の憧れの街であり続ける茅ヶ崎。茅ヶ崎南湖(なんご)にある「濱時間」は、昭和初期に南湖で創業した仕出し弁当店の創業者の住居と弁当調理場を、次世代への活用・継承を目的としてリノベーションした場所です。

それを担当したのが、茅ヶ崎出身の建築家、「洋建築企画」の山口理紗子さんです。茅ヶ崎で育ち、今も地元の人々とのつながりを広げている山口さん。「濱時間」への思いや街への愛着、建築家としての役割などをうかがいました。

日本庭園はそのままに、減築で光と風が集まる空間を演出

−−山口さんが設計したカフェ・ゲストハウス「濱時間」について、どんな建物なのかご紹介ください。

山口さん:1階がショップを併設したカフェで、2階は8畳×2の貸しスペースです。元々は住居なので、2階に上がる階段が室内についていたのですが、貸しスペースとして単独で使えるように外階段を新しく作りました。ここでは、習字を習ったり、会食ができたり。何かのイベントがあるときは、仕出し弁当店のお弁当が並ぶこともあります。

2階の奥が1棟貸しのゲストハウスになっています。和室はそのまま使って、洋室にはベッドを入れました。基本的にほとんど手を加えていないのですが、庭との中間領域を作りたいと思って、一部、減築しました。昔ながらのモダンな和風の雰囲気が人気で、3ヶ月も滞在する海外の方もいらっしゃいます。

 

−−山口さんが設計で工夫したところを教えてください。

山口さん:最大のポイントは、減築にこだわったところです。減築は現在の建築の主流の一つで、既存の建物の一部を解体することにより、現行の建築基準法に合わせながら、豊かな空間を新たに生み出すやり方です。「濱時間」では、お弁当の調理場部分の天井をとっぱらって、中庭として活用することで、建物の基本的な雰囲気は残しながら、耐震構造をしっかりすることができました。壁ではなく、構造上有効な耐力壁として木製格子耐力壁を採用したり、店舗の左側に明るいガラス窓をつけたのも、茅ヶ崎の特徴である中間領域を楽しむということと、調理場を解体したことで眺められるようになった住宅の前に広がっている日本庭園の景色を楽しんでほしかったからです。鉄骨の工場だったので、子供たちが遊べるように、残った鉄骨の枠組みを利用して、お施主さまは真っ先にロープでブランコを作られたんですよ。

 

老舗の弁当屋を大胆にリノベーション。幼馴染のオーナーと共に

−−「濱時間」は老舗のお弁当屋さんだった古民家をリノベーションする形で生まれたと伺っています。お施主さんからはどのようなリクエストがあったのでしょうか。

山口さん:「今まで街の人にお世話になったから、みんなに使ってもらえるような場所にしたい」という思いと、「南湖の景色を変えたくない」というお話がありました。

 

−−そこからアイデアを膨らませていったのですね。

山口さん:そうですね。明治時代から続く老舗のお弁当屋さんだったので、地元の人たちにお世話になりながら商売をしてきたという歴史がありますよね。なので、商売というところから「まちのなかで住みながら働く」場として、最初はコワーキングスペースを提案しました。でも、「誰でも入ってこれるようにしたい」というお話もあって、基本計画の段階で、企画についても、お施主さまのイメージされる場を一緒に研修会と称して見学をして回ったり、何度かやりとりをしました。もともとお弁当屋さんだったので、食のつながりもあるなと。

 

−−カフェを作るのであれば「部屋をとっぱらおう」と。

山口さん:はい。お弁当工場だったスペースをとっぱらって天井を抜くことで開放的な雰囲気になるので、街の人が自由に入ったり使ったりしやすくなるのではないかと思いました。
ここで毎年、子供たちが集まって豆まきをしたり、さまざまなイベントが開かれるので、願った通りになって嬉しいです。

 

−−部屋を一つ減らしたというのは画期的なアイデアですね。

山口さん:そうですね。お施主様から後日聞いた話によると、都内の設計事務所などにいくつか提案をしていただいた後だったようです。他の会社から出た案は、どれもお弁当工場を活かすものだったようですが、うちだけがそこを減らす案を出したんです。庭が見えるような作りにしたらどうかという点が評価されて採用していただきました。

 

建築は人とまちをつなぐ根源的な存在

−−「濱時間」のように、地域に開かれた場をつくる上で、山口さんのお仕事はどんな役割を果たしていると思いますか。

山口さん:建物というのは、それ単体ではなく、街や人との関わりのなかで存在しています。なので、建築は、人と街をつなげるような場所を提供する役割があるのかなと思います。

 

−−まちづくりに関わる役割ですね。

山口さん:そうですね。それにはいろいろな手法がありますが、いずれも人が集まる場があることが大切です。建築を通じてその場をつくることに関われるということは、まちづくりの根源に関われることです。プロジェクトの最初からメンバーとして携わり、場が完成して、そこを使う人たちの成長を見ていけるのは、本当にやりがいがあります。

 

−−茅ヶ崎の変化を見続けていきたいのですね。

山口さん:はい。茅ヶ崎に事務所「洋建築企画」を構えているのもそのためです。地元の設計事務所として街を見守り続けたいんです。キャリアを積んでいくと、どうしても現状維持のアイデアになりがちなのですが、私は、心地よい空間を創り出すために、イベントなどを主催して街の人たちとの関りを持ちながら、まちの変化を読みこんで、受け継がれてきたものと時代に合ったものを両立させる気持ちを忘れずにいたいです。

 

次回は7/20(木)に公開予定です。
次回は山口さんの茅ヶ崎への思いや、コロナ禍の時に高砂緑地で開催された「茅ヶ崎とコーヒー」のイベントについてお話を伺います。(つづく)

 

– Information –
山口理紗子さん

生まれ育った茅ヶ崎で建築設計事務所「洋建築企画」に勤務しながら、chigasaki kodomo cinemaなど、地域の活動にも携わる。2022年、2023年とまち歩きイベント「#茅ヶ崎とコーヒー Tskasuna Greenery Coffee Festival」を主催。

ライター / 八田 吏

静岡県出身。中学校国語教員、塾講師、日本語学校教師など、教える仕事を転々とする。NPO法人にて冊子の執筆編集に携わったことからフリーランスライターとしても活動を始める。不定期で短歌の会を開いたり、句会に参加したり、言語表現について語る場を開いたりと、言葉に関する遊びと学びが好き。

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