SERIES
抽出家、藤岡響さんに聞いてみた
2023.10.19. | 

[第7回]「だし」の抽出を決めるには?:抽出のプロ、藤岡響さんに聞いてみた

ドリンクやフードの世界で、近ごろ「抽出」が注目されていることをご存知ですか?美味しさや成分をさまざまな方法でひきだす「抽出」。その奥深さに魅せられ、抽出を探求し、広めているのが、抽出家の藤岡響さんです。Mo:takeサポートクリエイターでもある藤岡さんに、編集部メンバーが「抽出」のことを教わります。皆さんも、藤岡さんと一緒に抽出の世界をのぞいてみませんか?

生臭い、味がしない……難しいだしの抽出を決めたい

抽出家の響さん、こんにちは。
最近料理に興味が出てきて、味噌汁や煮物を作る時に出汁をとっています。いちおうレシピ通りに作っているつもりなのですが、煮干しで出汁をとると生臭くなりがちで、昆布で出汁をとると味がしないことが多く、思い描く「出汁の効いた味」にはなかなかなりません。
出汁をじょうずにとるコツがあれば教えてください(編集部/K)

 

出汁にはうまみ成分と匂い成分がある

Kさんこんにちは。
ご質問ありがとうございます。出汁の抽出についてのご質問ですね。

日本の食生活に欠かせない出汁ですが、抽出の観点で見ると、どのような注意点があるのでしょうか?今回はそこを紐解いていければと思います。

「出汁」は色々な食材から取ることができます。

昆布からはグルタミン酸、アスパラギン酸等のアミノ酸。
鰹節や煮干しからはイノシン酸、グアニル酸と言った核酸成分。

それぞれ、「うまみ」として味覚で感じることができます。

うまみの成分は味覚で感知されますが、出汁には嗅覚で感じるにおいの成分も抽出されています。実際、出汁には数百種類を超える匂いの成分が含まれていると言われています。
抽出次第では、好ましいにおいだけでなく嫌なにおいも溶け出てしまうため、ご質問にあった「生臭さ」のような印象になることもあるんですね。

 

おいしい出汁の決め手は「水の量」「素材の質」「浸漬時間」

では、おいしい出汁を取るためにはどんな要素が関わっているのでしょうか。

出汁の抽出のポイントの一つ目は「素材に対しての水の量」です。
バリスタ的な観点でいうと抽出比率をしっかりと考えること。
素材に対して水が多くなれば当然水っぽくなりますし、逆に素材が多すぎても、濃くなるものの不要な成分も増えるため、バランスが崩れてしまいます。

日本料理に使われるような出汁ともなると、澄んでいて調和が取れていることが良いとされます。「障り」のなさが求められる引き算された液体。それが出汁です。

出汁の抽出のポイントの二つ目は、「素材の鮮度や質」です。
これは今までのコラムでもお伝えしてきましたが、抽出は素材のポテンシャルを引き出す技術。素材そのものが良くなければ当然美味しくはなりません。
長期熟成した昆布、削りたての鰹節とまでは言いませんが、美味しい出汁が必要な、ここぞという時はなるべくこだわってみてはいかがでしょうか。

三つ目のポイントは、「素材に合わせた浸漬時間の見極め」です。
カツオ出汁の嫌な味の要因としては、酸味や渋みが挙げられます。
酸味はカツオの筋肉に溜まった乳酸が原因といわれ、筋肉タンパク質に多いヒスチジンが苦みや渋みの要因となります。
素材感によって抽出の時間を調整するなど、この辺りには技術が必要になってきます。

たとえば、薄く削られているものと厚削りなものでは当然成分の溶け出し方が変わってきます。薄削りは短時間でさっと濾すのが良く、厚削りは用途によりますが、そばつゆなど他の調味料などと合わせて使われる事が多いので、長めにじっくりと、強めに成分を引き出すのがおすすめです。

 

煮干しの生臭さを抑えるコツ

さて、ご質問にもあった煮干しの生臭さは、脂肪酸の酸化によって生じる揮発性カルボニル化合物と呼ばれる香り、アンモニア、ジメチルアミンといったアミン化合物の香りが要因といわれています。

対処法としてはまず下処理で頭と内臓を取り除いたり、高温でから焼きして使うのがおすすめです。また、30分ほど水に漬けてアクをすくってから煮出すのがポイントです。
他にも、魚臭さは激しく沸騰させ、脂質の酸化した香りを揮散させるといった技法も良く使われます。

あとは水質ですね。軟水の方が成分を引き出しやすく、硬水の方が成分を引き出しにくくなります。これは生臭みに関しても関与すると言われており、硬水の方が生臭みを抑えるといった研究結果もあります。

 

「合わせ出汁」でワンランク上のおいしさを

最後に美味しい出汁の引き方を説明します。

出汁の応用テクニックとして、「合わせ出汁」という技があります。
昆布のアミノ酸と煮干しや鰹節のもつ核酸という、異なるうま味を合わせて相乗効果を与えるんです。

抽出のテクニックとしては、それぞれの温度のコントロールと浸漬時間が鍵になります。

手順は次の通りです。

①昆布を水に漬け、60〜65度ぐらいの温度で一時間程度抽出します。
※昆布は高温になると余計な雑味が溶け出してしまうので注意が必要です。
※60〜65度の温度を保つには、保温ポットなどに入れてキープするのがおすすめです。

②昆布を取り除いた出汁を温めます。

③出汁が90〜95度程度になったら、鰹節を加えます。
※鰹節は高温でさっと抽出するのがポイントです。

④2分ほどしたら鰹節を濾して完成です。

 

また、昆布は水出しもおいしいです。冷蔵庫に入れて一時間半程度浸漬すれば、うま味は低温でも溶けやすい成分なので美味しい出汁が引けますよ。
ただしお茶やコーヒー同様、雑味が出にくい一方で香りも出にくいので注意が必要です。

今回もややマニアックな内容となってしまいましたが楽しんでいただけたでしょうか。
出汁は飲み物に使われることはほとんどありませんが、抽出の考え方はほとんど一緒です。

普段良く出汁を使う方は珈琲やお茶を。珈琲やお茶を良く飲む方は出汁を使った調理にぜひ挑戦してみてくださいね。

なんだか、お腹が空いちゃいました。次回をお楽しみに。

ライター / 藤岡 響

2005年よりバリスタの道を志す。cafékitsune 等、多くのカフェ、コーヒーショップの立ち上げに携わり、2015年ブルーボトルコーヒー清澄白河の立ち上げに参画。トレーナーとして多くのバリスタの育成に携わる。日本の日常に寄り添う独自のカフェスタイルの構築を目指し、2018年西荻窪に「Satén japanesetea」をオープン。2020年より独立、珈琲に限らず、水を介して抽出する抽出物全般を扱うバリスタとしてコーヒー、日本茶等の商品開発、店舗監修、専門学校講師等を行なっている。ユニット香飲家としても活動し、著書に「飲食店の為のドリンクの教科書」がある。

Mo:take MAGAZINE > 抽出家、藤岡響さんに聞いてみた > [第7回]「だし」の抽出を決めるには?:抽出のプロ、藤岡響さんに聞いてみた