うれしいことも、つらいことも。多様な“幸せ”を分かち合える場所
糟谷さんが思い描くビレッジ(村)は、フラットスタンドと同じように、会社設立前から構想がありました。
糟谷さん:ビレッジも、基本的には人と医療と福祉が自然と交じり合うような場所にしたいと思っています。「しあわせのパン」という映画をご存知ですか? パンを焼いている店主のログハウスにいろいろなお客さんが来るんですけど、僕はあの映画に対して、店主が幸せを分けるというイメージを持っていて、すごく共感したんです。そして、「しあわせのパン」のような場所をつくりたいと思って、事業計画書に絵を描いたんです。
ログハウスのような場所があって、訪問看護ステーションと、野菜を売っているおばあちゃんのお店、子どもたちが勉強できる場所、パン屋や本屋さん、病院、訪問看護に行っている医者の絵を入れ込みました。そのまわりには消防署や警察、コンビニ、学校もある。こんなふうに地域と医療、福祉が入り混じりながらつながっていくなかで、必要な時にうまくアクセスできたり、普段から人同士のつながりが生まれていく。そんなイメージを持っています。
地域の人と歩みながらつくる
このビレッジの入口となるのは、やはりフラットスタンドです。
糟谷さん:現在のフラットスタンドの奥に、ビレッジとして利用する予定の建物があります。これは偶然なのですが、フラットスタンドがこの場所の入口のような、縁側のような存在になりました。普段はカフェとして、コーヒーを飲んで過ごしてもらうことで、自然とゆるやかなつながりが生まれていきます。そして、なにか体の不調を感じたり、心配ごとがあるときは、気軽に相談したり頼れる人がここにいる。困った時に改めて「ここで多様な人とつながっていてよかった」と感じてもらえる、そんな場所にしたいと思っています。それは、僕たちが一方的につながろうとするのではなく、お客さんの一人ひとりが主体者として、地域でのつながりを考え続けることでもあると思っています。
こんなふうに、ゆっくりと時間と気持ちをかけて人との関係をつくっていきたい、と糟谷さんは言います。
糟谷さん:地域の人と一緒に歩んでいきたいですね。これはフラットスタンドから学んだことですが、地域で何かをつくるときには時間をかけることが必要不可欠だと思っています。街の中で変わらないものを大事にしながら、必要とされるものをつくっていく。それをもとに街の人たちと対話をして、一つひとつ実現していきたいです。
ごく普通でいることを大切にできる場所
未来の話を聞いていると、「これはまだ決まっていないのですが……」と、糟谷さんが丁寧に言葉を選びながら、新たな思いを語り始めました。
糟谷さん:患者さん用に提供されるやわらかい食事がありますよね。介護食や嚥下食(えんげしょく)とも言われています。それをMo:take(モッテイク)さんにご協力いただきながら、楽しくて美味しいものにできないかなと思っています。特別な食事ではなく、ごく普通のメニューとして並んでいて、オーダーにあわせて調理法を変えるんです。そんなことが自然とできるお店ができないかなと思っています。どこでどんなふうに提供するのか、まだ具体的にはなにもわからないけれど、医療や福祉の場面で提供される食事をもっと幸せな気持ちになれるものにしたいと思っているんです。
糟谷さんのお話をうかがっていると、頭の中にその食事をほおばった人が「美味しい!」とほほ笑む姿が映像として思い浮かびました。
糟谷さん:この“美味しい”には、いろんな意味や感情があると思うんです。食べたいという思いを汲み取ってもらえたこと。それを叶えてくれたこと。大切な人と一緒にその瞬間をたのしめたこと。もちろん、すべてを解決したり、理解することはできません。だけど、その中でひとつでもできることを探して、美味しいとともに感じられる瞬間をつくりだすことができた。そんなとき、人はしあわせを感じるのかもしれません。
インタビューの間、「人」という言葉を何度か繰り返していた糟谷さん。訪問看護の会社を設立した1年後にフラットスタンドを立ち上げ、そしてビレッジをつくり始めた今までの間、人とのつながりを感じることがたくさんあったそうです。人との出会いやつながりの大切さを実感している糟谷さんだからこそ、医療と福祉、人がごく自然に共存する優しいお店づくりに挑み続けることができるのでしょう。そしてその入口のような存在であるフラットスタンドがこれからどんな変化を見せてくれるのか、楽しみでしかたありません。