
「自分でやったら?」の一言
小野:さきほど(Vol.1)、「まちの縁側」のような場所をつくりたいというお話を伺いましたが、実家の建て替えの話があった時期は、まだ別の仕事をしていたわけですよね?
影山さん:そうなんですよ。なので、建て替えるとしても、自分は大家さんの立場として「こんな場所があったらいいな」と思っていただけで、自らその場所を運営する側になるとは考えていませんでした。
小野:そこが面白いですよね。普通だったら「じゃあ自分でやってみよう」となりそうな気もするんですけど、影山さんの場合はそうではなかった。つくりたかったのは、お店そのものというより、その先にある関係性が生まれる「場」だったんですね。だから最初から「自分のお店を持ちたい」という話ではなかったのかなと思いました。
影山さん:そうですね。それまで仕事では誰かの挑戦を応援したり、事業の相談に乗ったりするコンサルタントやベンチャーキャピタリストとして働いていたんですが、アイデアや計画を作ることはあっても、実際にその事業を動かしていくのは、僕たちではなく、ご本人なんですよね。 僕自身、ずっとそういう立場で仕事をしてきたというのもあって、自分が運営していくという感覚があまり育ってなかったんだろうと思います。
僕が考えていたのは、地域の人が自然と関われる場所でした。だから当時は、「自分でどう実現するか」よりも、「誰に入ってもらえたら、その空気が生まれるだろう」という感覚の方が近かったと思います。
小野:その頃、思い描いていたお店はあったんですか?
影山さん:ありました。当時、三軒茶屋や渋谷にあった「カフエ マメヒコ」というカフェです。妻がよく通っていて、僕も行くことがありました。
小野:僕もお店づくりに関わっていて思うんですけど、いいお店って、商品だけじゃなくて、そこに流れている空気に惹かれることがありますよね。マメヒコにも、そういうものを感じていたんですか?
影山さん:そうですね。もちろんコーヒーがおいしいとか、空間が素敵だというのもあったんですけど、それ以上に、そこに流れている空気感だった気がします。人が自然に集まっていて、それぞれが思い思いに過ごしている。
誰かと話している人もいれば、一人で静かに過ごしている人もいる。でも、そのどちらも自然にそこに存在しているんですよね。今振り返ると、僕が思い描いていた「まちの縁側」に近いものを感じていたのかもしれません。それで思い切って連絡をしてみたんです。

小野:すごいですね。でも、話を聞いていると「事業を始めるぞ」という行動力というより、本当に「この空気が国分寺にもあったらいいな」という想いで動いた感じがしますね。
影山さん:当時はそこまで大きな決断をしている感覚はありませんでした。本当に「来てくれたらうれしいな」くらいだったんです。それで実際にお会いして、計画していた場所も見ていただきました。すると、その時に言われたんです。
「影山くん、そんなに色々考えがあって、想いもあるなら自分でやったら?」って。
小野:まさかの展開ですね(笑)。でも、その一言で見える景色が変わった感じもありますね。
影山さん:そうなんです。しかも、「内装とかメニューとか、店づくりは全部やるから」って言ってもらったんです。
小野:そこにあまり迷いはなかったんですか?飲食経験がない中で自分がやるとなると、普通はかなり不安になると思うんです。
影山さん:もちろん不安でした。飲食業をやった経験はありませんでしたし、コーヒーに詳しいわけでもありませんでしたから。でも、不思議と「絶対に無理だ」とも思わなかったんです。今振り返ると、あの一言がなければ今の自分はなかったかもしれないなと思います。
それまで自分では気づいていなかったんですが、その時に改めて、「自分は前から場づくりみたいなことに興味があったのかもしれない」と思ったんです。

カフェにも、コーヒーにも、特別な関心はなかった
小野:でも改めて考えると、やっぱり面白いですよね。影山さんは、もともとカフェを仕事にしようと思っていたわけではなかったんですよね。カフェをやりたい人がカフェを始めたというより、先に「場」への思いがあって、その形としてカフェにたどり着いたように感じます。
影山さん:そうかもしれませんね。僕の場合、最初は、カフェをやること自体が目的だったわけではありませんでした。ただ、「人が集まれる場所」としてカフェがいいだろうと思ったということと、実家の周りが飲み屋ばかりだったので「飲み屋以外の場」にしたいという想いはありましたね。
当時は居酒屋やバーが並んでいて、うちが居酒屋になってしまったら、いよいよまち全体がそういう方向へ進んでいくように見えたんです。もちろん飲み屋が悪いという話ではありません。僕自身も行きますし、そういう場所がまちにあることは大事だと思っています。
ただ、それ以外の選択肢もあっていいんじゃないかと思ったんです。昼間でも立ち寄れる場所だったり、年齢や立場に関係なく利用できる場所だったり。
もっといろんな人が関われる場所があってもいいんじゃないかと感じていました。
小野:確かに、飲み屋とカフェでは集まる人も過ごし方も変わりますよね。僕もカフェやコーヒースタンドに関わる中で思うんですけど、カフェって目的がなくてもいられるんですよね。誰かと会う場所でもあるし、一人で過ごす場所でもある。その曖昧さがすごく面白いなと思います。
影山さん:そうなんです。振り返ってみると、カフェという場所はすごく多様な人に開かれているんですよね。誰かと待ち合わせをする人もいれば、一人で過ごす人もいる。仕事をする人もいれば、本を読む人もいる。何か目的があって来る人もいれば、特に目的がない人もいる。それぞれが自由に過ごせるんです。
小野:同じ場所にいるのに、みんな違う過ごし方をしている。そこがカフェの面白さですよね。誰かと会うために来る人もいれば、特に目的もなく立ち寄る人もいる。それぞれが自分の居場所として使える。そんな場所のあり方が、影山さんの思い描いていた風景と重なっていたんじゃないでしょうか。

ベンチャーキャピタルとカフェのあいだで
小野:オープン後、しばらく別の仕事をしながらお店をやられていたんですよね?
影山さん:そうなんです。クルミドコーヒーがオープンしたのは2008年なんですが、ベンチャーキャピタルの仕事を最終的に辞めたのは2013年でした。だから5年くらいは両方やっていました。
小野:かなり大変だったんじゃないですか?今のお話を聞いていると、ベンチャーキャピタルとカフェって求められるものも全然違いますよね。言葉の使い方も、仕事のスピードも、関わる人たちとの距離感も違う。頭の切り替えだけでも相当大変だったんじゃないかなと思うんですが、その頃はどんな感覚だったんですか?
影山さん:ただ、最初の頃は自分の中で9割がベンチャーキャピタリストで、カフェ店主は1割くらいでした。日々のお店を切り盛りしてくれるスタッフもいてくれまして、僕からするとあくまで本業の横にある活動という感覚だったと思います。
小野:その頃はまだ、「自分はカフェの人間だ」というより、軸足はベンチャーキャピタルにあるという感覚だったんですね。
影山さん:そうですね。クルミドコーヒーは大事な場所でしたけど、自分の中ではまだ挑戦の一つという感覚だったと思います。
小野:それが少しずつ変わっていった。今の話を聞いていると、突然大きな決断をしたというより、気づいたら惹かれていたという感じがしますね。
影山さん:そうですね。面白いのは、最初に変わったのが仕事ではなくて気持ちだったことなんですよね。もちろんベンチャーキャピタルの仕事にもやりがいはありましたし、社会的な意義も感じていました。でも気がつくと、カフェのことばかり考えている自分がいたんです。
お店のことだったり、お客さんのことだったり。「次はこんなことをやってみたいな」とか、「もっとこうできるんじゃないかな」とか。仕事が終わった後も自然と考えてしまうんですよね。
小野:好きなことを考えている時って、そうなりますよね。仕事として考えているというより、勝手に頭の中に入ってくるというか。
影山さん:だから先に時間が変わったというより、まず気持ちが動いたんだと思います。そして気持ちが変わると、今度は時間の使い方も変わっていきます。人って結局、好きなことに時間を使うじゃないですか。だから、少しずつカフェに使う時間が増えていったんです。逆にベンチャーキャピタルの仕事では、新しい約束をあまり入れなくなったり、少しずつ重心が移っていきました。
小野:自分で「よし、こっちに行こう」と決めたというより、自然とそうなっていった感覚ですね。

一億円より、一杯のコーヒー
小野:何がそこまで影山さんを惹きつけたんでしょうか。話を聞いていると、単にカフェが楽しかったというだけではない気がします。
影山さん:いろいろあると思うんですが、一番大きかったのは「健全さ」だった気がします。もちろんベンチャーキャピタルの仕事も好きでしたし、社会的にも意義のある仕事だと思っています。
実際に僕自身も真剣に向き合っていましたし、その仕事が嫌だったわけではまったくありません。ただ、仕事の成り立ち方が全然違うんですよね。
小野:どう違うんでしょうか。
影山さん:ベンチャーキャピタルの仕事では、一億円単位のお金を動かすことがあります。
それはそれで大きな責任がありますし、世の中に与えるインパクトも大きいわけです。ただ、その価値が誰に届いているのかを日々実感する仕事ではないんですよね。もちろんその先にはたくさんの人がいるんですが、自分との距離は少し遠いというか、そんな感覚がありました。
小野:なるほど。仕事の規模は大きいけれど、相手の顔が見えにくい部分もあるんですね。
影山さん:そうですね。一方でカフェはまったく逆でした。目の前にお客さんがいて、その人のためにコーヒーを淹れる。そして「おいしかったです」と言っていただいて、その対価としてお金をいただく。本当にシンプルな営みなんです。
小野:それは面白いですね。一億円単位のお金を動かす仕事よりも、一杯のコーヒーを届ける仕事の方が実感があったんですね。
影山さん:そうですね、しかも、そのやり取りが毎日あって、自分の提供しているものが目の前の人に喜んでもらえたかどうかが、その場でわかるわけです。大きなお金が動くわけではなく、むしろ百円玉を一枚ずつ積み上げていくような仕事ですが、僕にとっては、その方がずっと手触りがあって、とても健全に感じられました。
小野:手触りがある仕事って、すごく大事ですよね。誰のためにやっているのかが見えるというか。目の前の人が喜んでくれて、その結果としてお金をいただくということが、それまでのキャリアとは、真逆の魅力だったのかもしれませんね。
影山さん:自分が誰のために仕事をしているのかが見える。自分たちが実際に汗をかいて、お金を稼ぐ。その感覚が、だんだん心地よくなっていったんだと思います。

「影山知明」という固有名詞で生きる
小野:その感覚は、影山さんご自身の生き方とも関係していたんでしょうか。
影山さん:あったと思います。今振り返ると、カフェに惹かれていった理由はそこが大きかったのかもしれません。僕は昔から、「自分は何者なんだろう」ということを考えることがあったんです。
小野:それは、カフェを始めてから急に出てきた問いというより、もともと影山さんの中にあったものだったんですね。
影山さん:そうですね。特に強く意識するようになったのは社会人になってからだと思います。マッキンゼーやベンチャーキャピタルで働いていた頃も、もちろん仕事には真剣に向き合っていました。本当に刺激的な環境でしたし、学ぶこともたくさんありました。
ただ、その一方で感じていたこともあったんです。
小野:どんなことですか?
影山さん:自分がやっている仕事は、会社の看板や組織の力によって成り立っている部分もあるんじゃないかということです。もちろん自分自身も努力していましたし、責任を持って仕事をしていました。
でも、マッキンゼーの人間だから話を聞いてもらえる部分もある。ベンチャーキャピタルだから成立する仕事もある。そういう側面は確実にあったと思うんです。
小野:それはすごくわかる気がします。肩書きや組織の力って、もちろん大切なものでもありますけど、一方で「それを外した時の自分はどうなんだろう」と考える瞬間もありますよね。
影山さん:そうなんです。だから一度、それを全部外してみたかったんですよね。肩書きもない。組織の後ろ盾もない。そんな状態で、自分は社会とどう関われるんだろうって。
小野:かなり根源的な問いですね。でも、カフェってそれを確かめる場所としては、すごく逃げ場がないというか。目の前のお客さんに対して、毎日そのまま向き合うわけですよね。
影山さん:そうですね(笑)。でも、ずっとどこかにあった問いだったと思います。「影山知明」という固有名詞だけになった時、自分には何が残るんだろう。自分は誰かの役に立てるんだろうか。そんなことを考えていたんです。

小野:それを確かめる場所の一つが、クルミドコーヒーだったわけですね。
影山さん:今振り返ると、そうだったのかもしれません。最初はそんなふうに言語化できていたわけではないんですけどね。ただ、カフェという場所では、肩書きではなく自分自身として人と向き合うことになります。目の前のお客さんに喜んでもらえるかどうか。また来たいと思ってもらえるかどうか。全部、自分たちの営みに返ってくるんです。
小野:確かに、それは組織の看板とは違いますね。評価されるのも、信頼されるのも、すごく直接的です。
影山さん:そうなんです。だから振り返ると、カフェを始めたと同時に、自分自身と向き合う場所もつくっていたのかもしれません。まちの縁側をつくりたいと思って始めたことでしたけど、その過程で一番向き合うことになったのは、自分自身だったのかもしれないですね。
影山さん:そうなんです。だから振り返ると、カフェを始めたと同時に、自分自身と向き合う場所もつくっていたのかもしれません。まちの縁側をつくりたいと思って始めたことでしたけど、その過程で一番向き合うことになったのは、自分自身だったのかもしれないですね。
「まちの縁側」をつくりたい。
そんな思いから始まったクルミドコーヒーですが、その挑戦は単なる場づくりではありませんでした。ベンチャーキャピタルとして一億円単位のお金を動かしていた日々。
一方で、一杯のコーヒーを淹れ、目の前のお客さんからお金をいただく日々。
規模だけを見れば、まったく違う世界です。それでも影山さんは、百円玉を積み重ねるような営みの中に、確かな手触りを感じていたと言います。
肩書きや組織の看板を外した時、自分には何が残るのか。「影山知明」という固有名詞だけになった時、自分は社会とどう関われるのか。
まちの縁側をつくろうとした挑戦は、いつしか影山さん自身が「自分は何者なのか」を確かめる旅にもなっていたのかもしれません。