2021.06.07. | 

[Vol.1]美しい「和菓子」の世界を伝えたい。「梅香亭」長沼輪多×「Mo:take」ヘッドシェフ坂本英文

よく晴れた初夏のとある日、Mo:takeLABOに2人の料理人が集いました。板橋で60年以上続く和菓子屋「梅香亭」の3代目として活躍する長沼輪多(ながぬまりんた)さん。そして、Mo:takeのヘッドシェフ坂本英文です。
アグリタリオのプチマルシェでのコラボレーションを通じて意気投合した2人が和菓子づくり体験をすると聞き、取材に行ってきました。

Mo:takeヘッドシェフ坂本、初めての和菓子づくり

「よろしくお願いします」
「梅香亭」と書かれたアルミニウムの番重(ばんじゅう)を抱えてにこやかに現れた長沼さん。番重の中には、和菓子やお茶の道具、そして長沼さんがあらかじめ用意くださった生地やあんこが入っています。

 

 

見慣れない道具のひとつひとつに、坂本は興味しんしんです。

 

長沼さん:今日は、牡丹の花の練り切りをつくりたいと思います。

 

季節の動植物をモチーフにすることの多い和菓子。晩春から初夏にかけて色鮮やかな大輪の花を咲かせる牡丹は、今の季節にぴったりです。
身支度を整え、いよいよ調理体験スタートです!

 

 

繊細な手作業に悪戦苦闘

長沼さんの動きをお手本にさっそく生地を丸めていきますが、綺麗に丸くなりません。

 

坂本:これは、力の入れ加減が難しいですね。

 

長沼さん:そうなんです。強くても、優しくてもうまく丸められないんですよ。

 

坂本:長沼さんのは、まん丸ですね……。

 

少しずつ感じがつかめてきたのか、坂本の生地も丸くなってきました。すると、

 

長沼さん:せっかく丸めたところなんですが(笑)、これを今度は伸ばしていきます。

 

 

丸めた生地を平たく伸ばしてから、白い生地にピンクの生地を重ね合わせていきます。
これは、白地からピンクがほのかに透けて見える、「ぼかし」という和菓子特有の表現です。どこか、本物の牡丹の色合いを思わせます。
合わせた生地を手のひらに置いた長沼さん。生地の上に丸めた餡を置き、そのまま手のひらで転がすようにしながら餡を包んでいきます。「あ、これ焼売と同じですね!」。料理との共通点を見つけた坂本は、ちょっと嬉しそう。

 

長沼さん:餡を包んだら、これをもう一度丸めます。丸めていくと、さらにピンクが透けてでてくるでしょう?これもぼかしです。

 

 

「ここから今度は花びらの形をつくっていきます」。「こうやって、こんな風に・・・」と言いながら、あっという間に花びらの形にしていきます。

 

 

坂本:ん?こうですか?・・・あ、これ、めちゃめちゃ難しいな。

 

流れるように手を動かしていく長沼さんに対し、なかなか形が決まらない様子の坂本。かなり手間取っています。
「ちょっと見せてください」と生地を手に取った長沼さんは、あることに気づいたようです。

 

長沼さん:ちょっと僕の生地を触ってみますか。

 

坂本:あ、やわらかいですね!しっとりしてる!!

 

長沼さん:温度も違うでしょう?

 

坂本:ほんとだ!ひんやりしてる!!全然違いますね。

 

しっとりと冷たい長沼さんの生地との違いに、驚いたようです。

「たぶん、ふきんに触っている回数が違うと思います」と長沼さん。二人の手元には濡れたふきんが置かれています。長沼さんは、作業の流れの中で何度もふきんに触れていたのです。

 

長沼さん:乾燥させるといけないので、こうやって少しずつ指を濡らしながら作業していくんです。それと、とにかく早く手を動かすのがコツですね。

 

坂本:なるほど、それで生地がひんやり冷たいままなんですね。

 

悪戦苦闘している坂本の様子に、「坂本さんのこういう姿、初めて見ましたね」と撮影中のカメラマンが呟きました。同じ食の世界であっても、まったく異なる流儀があり、所作があるということに、職人技の奥深さを感じます。
そんな初めての体験を、坂本は心から楽しんでもいるようです。

 

 

坂本:普段だと、1つ作るのにどのくらいの時間をかけるんですか?

 

長沼さん:2分もかかってないと思います。1日300個くらい作るので、とにかくぱっぱっと手早くやっていきます。

 

そうこうするうちに、だんだん花の形が見えてきました。専用の裏ごし器を使って牡丹の黄色いおしべを作り、花の真ん中に置いていきます。

 

 

長沼さんが手にした木製の「三角べら」。和菓子製作の道具のひとつで、おじいさまの代から使われているのだそう。年季が入っています。

 

長沼さん:牡丹の花は、花びらが何枚も重なっています。その花びらの重なりを表現するために、へらで線を入れていきます。

 

最後に緑の葉っぱを作って完成です。長沼さんによると、葉のつけかたにも和菓子ならではの決まりがあるのだとか。

 

長沼さん:リアルな葉は茎についていますが、和菓子で表現する場合は、花の隣に葉をつけます。単なる写実的な表現ではない、和菓子ならではの特徴ですね。

 

 

無事完成した和菓子を見て、坂本は何か気になったようです。花をいろいろな角度から眺めながら、

 

坂本:和菓子って、正面はどこになるんですか。

 

長沼さん:和菓子の場合、正面は上になります。お重に入れて、正座している状態で見ていただくものですので。現代だと、テーブルに置いているのを椅子に座って斜めから見ることも増えていますが、真上から見ることの方がまだ一般的だと思います。お重に入るので、少し腰高に作って自然に目に入れていただくようにするのも工夫の一つです。

 

 

経験を重ねて、
無駄のない美しい所作を

和菓子づくり体験を終えて、一息ついたところからふたりの対談が始まりました。まずは、初めて和菓子をつくった感想から。

 

坂本:とにかく、ひとつひとつの手作業や技術の繊細さに驚きました。指の動かし方も力の込め具合も、料理とは全然違う。僕はたぶん、肩にもすごく力が入っていましたよね。でも、長沼さんは所作が美しいし、動きに無駄がない。隣に立っていて、そのことをすごく感じました。同じように動いているつもりでも、作業一つ一つの細やかさや精度が全然違うんですよね。それは、自分の修行時代、先輩の隣で日々感じていたことにも似ています。
長沼さんは、先代、先々代であるお父さまやお祖父さまの元で和菓子作りを学んでこられたんですよね。お二人の側で過ごす中で、どんなことを感じていましたか。

 

長沼さん:まず、あんなに熱いものを素手で触れるということにびっくりしていましたね。団子、餅、ぎゅうひなど、和菓子は熱いうちに作業をしないといけないものが多いのですが、祖父や父は素手で手早く触って仕上げていくんです。僕はこの世界に本格的に入って6年目ですが、始めの頃は眠っていても手が熱くて夜中に飛び起きていました。

 

坂本:熱さに慣れていくのは、料理の修行でも同じですね。僕も駆け出しの頃に、熱くなった鍋に不用意に触ってしまって火傷をしたことが何度もあります。そういう経験を繰り返して考えながら動いているうちに、少しずつ無駄が省かれていって、所作が磨かれていくんだと思います。

 

 

毎日の生活の中で
「美しいもの」として選ばれた和菓子

ここで長沼さんに、改めて和菓子の道具のことを教えていただきました。

 

 

一般的な調理道具に比べると、和菓子の道具はあまり流通していません。長沼さんが使っている道具の中には初代のお祖父さまの代から60年以上使っているものもあるのだそうです。

 

長沼さん:どこの店でも、一度つくると買い換えることはほとんどないと思います。長く使う分、とても手になじむんですよ。

 

先ほどの調理体験で花びらの表現に使った「三角べら」からも、とても繊細な線が生まれていました。
長沼さん:三角べら1本から、いろいろな線をつくり出すことができます。まるみのある線や、エッジの効いた線など。線1本で、花の雰囲気がまったく違ってくるんです。

 

お話を伺っていると、その繊細さが生まれてきた背景も気になってきます。

 

長沼さん:和菓子は江戸時代に大きく成長したと言われています。江戸時代の人々は、質素な生活の中で美しいものを見出し、楽しんできました。その中で、和菓子はお金をかけずに楽しめるものだったんです。和菓子で花を表現することが多いのも、春や秋など季節の訪れをより楽しむための表現方法だったのではないかと思います。

 

江戸時代の頃は今よりもはるかに寿命が短いこともあって、四季の移ろいが今よりも大切に感じられていたのかもしれません。現代の私たちにも、桜餅は桜の季節に食べるから美味しい、といった感覚があります。今回のつくった和菓子も、季節を意識することで、もっともっと美味しく感じられるのではないでしょうか。意識してその花を探すようになったりと、食べた後の体験も含めた楽しみ方ができるのも、和菓子の魅力だと思っています。

 

次回は6/15(火)公開です。長沼さんと坂本との出会いや、二人が開発した「柿」の和菓子の話などをご紹介していきます。

– Information –

梅香亭

https://www.instagram.com/baikatei1958/

ライター / たかなし まき

愛媛県出身。業界新聞社、編集プロダクション、美容出版社を経てフリーランスへ。人の話を聴いて、文章にする仕事のおもしろみ、責任を感じながら活動中。散歩から旅、仕事、料理までいろいろな世界で新しい発見をすること、わくわくすること、伝えることが好き。

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