2019.10.08. | 

[第8回]藤野のお山の食まわり:隣町で創刊された「山の暮らしを食べる通信」のこと

移住者があとを絶たない神奈川県の山あいのまち、旧藤野町。13年前に移住し、現在は山奥の古民家に暮らすライター・平川まんぼうが、藤野での、食にまつわる日々を綴ります。

藤野のお隣、山梨県上野原市に「西原(さいはら)」という集落がある。上野原の市街地からでも車で40分ほど。途中、あまりの山道っぷりにちょっと不安になった頃に現れる人口700人ほどの小さな集落だ。正直、遠いし、不便。でもそのおかげと言えばいいのか、西原には、昔ながらの里山の暮らしが色濃く残り、手仕事を厭わない人々がたくさん暮らしている。近年はそんな暮らしに魅せられた移住者も増え、イベントや農作業体験などに訪れる人もあとをたたない。

3年前に西原に移住し、同じく西原に移住して専業農家となった太郎くんと結婚した富澤歩ちゃんから、西原を舞台にした「山の暮らしを食べる通信(http://yamanokurashi.com/)」をつくりたいのだと相談されたのは、2019年春のことだった。

食べる通信とは、全国のさまざまな地域で、その地域で暮らしたり、ご縁がある人々によって発行されている食材付き情報誌のことだ。その地域ならではの食材が毎号つき、雑誌では生産者のエピソードなどが語られる。歩ちゃんは、ほかの地域ではなかなか見られない西原の手仕事の数々、それを実践する魅力的な地元の人々、そして里山ならではの暮らしの味覚を、たくさんの人に伝えていきたいのだと言った。

微力ながらお手伝いさせていただくことになり、8月末、無事に創刊号が発行された。テーマとなった食材は「富士のねがた」。ねがたとは、西原とその周辺地域のみでつくられている在来種のじゃがいものことだ。市場にはまず出回らない希少品種で、粒が小さく、締まった肉質としっとり感が強いのが特徴だ。

もちろん創刊号にはねがたがついている。さらに「せんごく味噌」という、この地域の在来大豆を使った味噌もついており、このセットを使うと、郷土料理「せいだのたまじ」をつくることができる。歩ちゃんが、完成した創刊号とともに私にもねがたを送ってくれたので、さっそくつくってみることにした。

良質な菜種油を少し多めに鍋に入れ、そこにねがたをどっさり入れる。鍋を振って、油が全体に回ったら、味噌とみりん、水少々を加えて弱火でコトコト煮る。通常は砂糖を入れるようだが、私はみりんにした。水分がなくなってきたら、鍋の中をかき回し、全体に味噌が行き渡るようにねがたを転がす。完全に水分が飛んだらできあがりだ。仕上げに、地元のお母さんが育てたオーガニックのゴマをまぶしてみた。

我慢できず、台所であつあつを食べた瞬間、普段食べているじゃがいもとの違いがすぐわかる。身がくずれることなく、しっかりしている。ホクホクではなく、むっちりとした食感。独特の甘みがあり、噛めば噛むほど旨味が出てくる。なるほど、これは「煮る」という調理法が向いているわけだ。

食べる通信を読んでから調理に取りかかると、ねがたの歴史も、送られてきたねがたをつくった生産者の背景もわかっているから、おいしく調理したいと思うし、いったいどんな味なんだろうとワクワクしてくる。食べる通信が全国に広まり、支持されているのは、きっと食材と情報の相乗効果によって五感がフル活用され、感動を何倍にも引き上げてくれるからなのだなと実感した。

「山の暮らしを食べる通信」は、年4回発行。西原という小さな集落に限定した、数ある食べる通信の中でも相当マニアックな内容&食材だ(笑)。しかし、小さな集落にフォーカスするからこそ、そこにはリアルな里山の暮らしと農家の素朴で力強い姿が映し出されている。

この記録が、いつか私たちにとって、貴重な「智慧」と「メッセージ」になるかもしれない。そう思いながら、せいだのたまじを口にほおっている。

平川友紀

ライター / 平川 友紀

リアリティを残し、行間を拾う、ストーリーライター/文筆家。1979年生まれ。20代前半を音楽インディーズ雑誌の編集長として過ごし、生き方や表現について多くのミュージシャンから影響を受けた。2006年、神奈川県の里山のまち、旧藤野町(相模原市緑区)に移住。その多様性のあるコミュニティにすっかり魅了され、現在はまちづくり、暮らしなどを主なテーマに執筆中。通称「まんぼう」。