SERIES
コーヒースタンドを起点とした場づくりの舞台裏
2025.08.06. | 

[Vol.1]コーヒーをキッカケに、誰かの想いを届ける-plower 茶屋尚輝

群馬県みなかみ町、上越新幹線・上毛高原駅の改札を出ると、目に飛び込んでくるのは木の温もりに包まれたコーヒースタンド『イヌワシストア』。

このお店を手がけたのは、『DOAI VILLAGE』『さなざわ㞢テラス』『イヌワシストア』という3つの場所を通じて、自然と人との関係性を再編集しながら“くらしをつくる”ビジョンを実践している株式会社plower代表・茶屋尚輝さん。

茶屋さんはイヌワシストアで、コーヒーという日常的な体験を通して“そっと”誰かの想いと地域の魅力を届けています。

そんな茶屋さんがなぜ、みなかみ町の玄関口でもある駅という舞台で、「イヌワシ」というテーマを掲げたコーヒースタンドをはじめたのか、その背景にある想いや、取り組みについて全2回にわたってお届けします。

イヌワシストアとは・・・

上毛高原駅の構内にあるイヌワシストアは、美味しいコーヒーと、イヌワシをモチーフにしたロゴがはいった、つい手に取りたくなるグッズが並ぶコーヒースタンドです。その背景には、「自然とのつながりを、日常の中でさりげなく届けたい」という想いが込められています。

お店の名前は、豊かな自然環境がなければ生きていけない繊細な生き物、この地域の山あいに住む絶滅危惧種の「イヌワシ」にちなんで名付けられています。そんなイヌワシを通して、自然や地域のことに少しだけ意識を向ける“キッカケ”をつくれたら—そんな想いから、店内にはイヌワシの生育環境を守る為に、町内の森から伐り出される「イヌワシ木材」を使った、椅子やテーブルなどの什器があり、ほんのり漂う木の香りが、みなかみの自然を感じさせてくれます。

また、オリジナルグッズの売上の一部が、自然保護や地域の取り組みに寄付される仕組みで、イヌワシや自然のための“小さな循環”がコーヒースタンドに溶け込んでいます。

 

コーヒーから始まる場づくり

−−茶屋さんはこれまで、『DOAI VILLAGE』や『さなざわ㞢テラス』など、さまざまな場づくりに関わってこられましたよね。Yuinchuが運営するカフェを一緒に手がけていただいたこともありました。
改めてお伺いしたいのですが、カフェや飲食というかたちで「場」をつくることに、もともと関心を持っていたのでしょうか?

茶屋さん:そうですね。もともと、自分のお店を持てたらいいなという気持ちは、ずっとありました。脱サラして何かにチャレンジしようとするときって、「ゲストハウスをやってみたい」とか「カフェを開いてみたい」とか、誰しも一度は思い描くものだと思うんです。

僕もまさにそんな感覚で30歳で転職を考え出して、地方で長く続けられる仕事を探していた時に、キャンプ場を運営する会社で働くことになったんです。

それがすべての始まりだった気がします。そこからYuinchuさんと縁ができ、池尻大橋のコーヒースタンドをやってくれる人を探していると相談を受けて….

 

−−なるほど!ちょうどカフェを始めるチャンスが巡ってきたんですね!

茶屋さん:そうですね!タイミングよくお話をいただいて、「今なら自分がやりますよ」とお返事をさせていただいたんですよ(笑)。

会社としても、キャンプ場の営業窓口的なコーヒースタンドが東京にあるのはいいよね、という話で親和性もありました。ただ僕自身は単純に「東京でコーヒースタンドを開けるなんて、面白そう!」ってワクワクしていた気持ちも大きかったんですよね。

 

主役じゃなくていい。仕掛ける楽しさ

−−茶屋さんは、一見おだやかで静かなのに、やってることがすごく大胆だと思います。すごく主観的で恐縮ですが、人と距離を取るタイプに見える一方で、人が集まれる場をつくっていますよね。そのギャップ、不思議だなって思ってて。一つには友達の多さというか、困った時に茶屋さんに相談する人が多いのかな?って思ったりもするのですが、茶屋さんにとって「場」をつくるとはどういうことなんだろうというのが気になります。

茶屋さん:うーん、友達が特別多いわけでもないし、人付き合いが得意ってわけでもないですよ。知り合いは多いけど、年齢的にも、そんなにたくさん友達が必要だとも思っていなくて、昔から、人にどう思われるかっていうのを気にしすぎないようにしてきたんです。

たとえば、「誰かが褒めてくれたから続けよう」とか、そういう感情を動機づけにしちゃうと、自分が何をしたいのかだんだんわからなくなってしまうんですよね。だからこそ自分の感覚を信じて「自分がこれをやってみたい」と思ったことを大事にしているんです。

 

−−なるほど!すると自分がこれをやってみたいと思う理由というか、原動力はどこからくるんでしょうか?

茶屋さん:なんだろう、理由はそんなにないかもしれないです(笑)。
強いて言えば、誰かを喜ばせたいという想いと「仕掛ける側が一番面白いだろうな」っていう感覚は持っていますね。自分がその場の顔になって人を呼んでいこうという事ではなく、あくまで場を用意する側で、仕組みを考えて形にするところまでが役割だと思っています。そういう役回りって、やっぱり楽しいですよ!

その上で「茶屋の店だから行く」と仲間内に言われるような店ではなく、その場所自体が面白いと誰もに感じてもらえるような場づくりをしたいと思っています。

 

イヌワシというテーマを掲げた理由

−−ここから少し、イヌワシストアのお話しを伺っていきたいのですが、これまでこの地域では、DOAI VILLAGE、さなざわ㞢テラスなども手がけてこられましたね。そして今回、茶屋さんが手がけたイヌワシストアは、その名の通り「イヌワシ」というキーワードと、それに伴い環境保全といったコンセプトも含めて、これまでやってこられた場とは少し属性が異なるのかな?と感じました。

茶屋さん:そうですね。これまでは、コンセプトメイクは会社の意思が入っていたんです。なので、僕のこれまでの役割は、誰かが描いた世界をよりよく実現していくという立ち位置でした。でも今回はコンセプトを書くところから、このお店の未来がどうなっていくのかということも含めて全てを自分で描きました。

 

−−誰かの想いを形にして仕掛ける側から、根底にある自分の想いで仕掛けた場がイヌワシストアということですね!改めてこのみなかみ町の玄関口とも言える駅の中という立地やイヌワシをテーマにした理由についても教えてください。

茶屋さん:この場所はもともと、みなかみツェルトという、町の観光情報発信やお土産物を扱うお店として運営されていましたが、2023年に閉業しました。新規事業者の公募が出た際に、「みなかみ町の玄関口で、既存の2事業への誘客促進を図っていきたい」という目的で、うち(plower)も手を挙げて、プレゼンの結果採択されました。

「イヌワシ」については、DOAI VILLAGE、さなざわ㞢テラスの開業準備のタイミングで、イヌワシの生育環境保全の為に伐り出した木を使いませんか?と町役場の方から提案をもらったのがはじまりでした。そこで、イヌワシや地域の自然を守るための活動(赤谷プロジェクト)があることを教えていただき、その活動担当の日本自然保護協会の方とお会いしたのが、より深く知っていくキッカケでした。

 

茶屋さん:赤谷プロジェクトの話をじっくりと聞き、内容や取り組みはもちろんなのですが、地道な活動を20年以上積み重ねる彼らの想いや真剣さに強く感動した記憶が今もずっと残っています。

なので、みなかみの玄関口でお店を作ろうとなって、店名には『イヌワシ』しかないと思ったし、彼らの為に伐り出す木材を使って、自分のできる事で何かしら赤谷プロジェクトのような地域の活動の伴走をしたい思い、イヌワシストアが生まれました。

 

−−人の想いと真剣さに突き動かされたんですね!もともと茶屋さんも環境への関心はあったんですか?

茶屋さん:意識はもっていますが、「環境保全!」と声をあげて全力でやる感じではなくて、自分にできる範囲のことをやろうという想いはありますね。

特にこの地域で事業をしてる身としては、観光資源でもある自然に対しての配慮や、守っていきたいという気持ちは当然ありますが、一事業者である自分ができることには正直限界もあると思ってます。

 

−−確かにやれることの限界というのは、誰もが持っている感情だと思います。私たちが小さい頃から、環境問題や資源を大切にすることは大事だとわかっていても、実際に何をどこまでやれるのか想像がつかないこともありますよね。

 

そっと伝える”自然との接点

−−実際に私も『イヌワシストア』に伺ってみて、木のぬくもりを感じる空間でコーヒーを飲みながらゆっくり過ごしました。
グッズやPOPを眺めているうちに、「あ、そういうことなんだ!」と自然な流れで知ることが多くて。東京に住んでいると「イヌワシ」について調べることってなかなかないんですが、初めて検索しました。想像以上に大きくて、ちょっとびっくりしました(笑)。

一方でもっと「イヌワシを守ろう!」みたいな強いメッセージが前面にあるのかなと思っていたんですが、実際はとても控えめな印象でした。よく見ると、グッズの売上の一部が寄付につながっていたり、「イヌワシ木材」を使っていたりと、丁寧に想いが込められているのがわかってきて。

茶屋さん:ありがとうございます。僕としては、情報の出し方はあえてそれぐらいが丁度いいと思っているんです。たとえば「環境循環型のカフェです」と紹介文に書いてしまうと、そういうことに関心のある人が立ち寄るお店になってしまう気がして。「普通にコーヒー飲んでゆっくりしたいけど、行っていいのかな?」って迷わせちゃうのは、本末転倒だと思ってるんですよね。

 

−−なるほど、例えば「普通にコーヒーを飲んでゆっくりしたいけど、あのカフェに自分がいってもいいのかな」と躊躇する人も出てくる可能性は確かにありますね!

茶屋さん:そうですね。大前提として、シンプルに美味しいコーヒーを楽しんでもらいたいという想いがあるんです。それにプラスアルファの要素として、何か地域のためになるコンセプトを掲げたいという想いはありました。

例えば「ここで飲んだコーヒーがおいしかった」っていう体験から、店舗に興味を持った人が「イヌワシってなんだろう?」って調べてくれるくらいが丁度いい。『イヌワシストア』は、情報を“ちょっと味見”できる場所であればいいんです。

 

−−その「味見」という表現、すごく絶妙だなと思いました。自然のことを押しつけずに伝えるって、難しそうですが大切な姿勢ですね。

茶屋さん:そうですね。僕としては「この地域にはイヌワシがいるんだな」とか、「自然がきれいなんだな」とか、そんな風に“ふわっ”と感じてもらえたら十分なんです。それだけで「森にゴミ捨てちゃダメだよな」って思う人もいると思うし、それがキッカケでゴミを拾うようになるかもしれない。

でもそれって、「ゴミ拾ってくださいね」って言われてやるのとは、まったく違うじゃないですか。人が変わるキッカケを強く押しつけるのではなく、自発的な気づきになりそうな情報を置いておくだけにしたいと思ってるんです。

 

−−「ちょっと良くありたい」っていう気持ちに、そっと寄り添ってくれてるというような感じですよね?

茶屋さん:本当にそうですね。「ちょっといいことしたいな」とか「ちょっといいこと知っていたいな」と考えている人って多いと思うんですよ。「5%寄付されます!」って書いてなくても、買ったら寄付になるならそれでいいし、誰かにお土産で渡すときに「実はこういう背景があってさ」って話せたら、なんか嬉しいじゃないですか。そうやって自分で深掘りしてもらえる余白がある方が、健やかに広がる気がするんです。

 

−−確かに、そうやって自然に広がっていく方が、きっと根づいていきそうですね。

茶屋さん:そうですね。この地域にはいろんな「切り口」があるはずなので、この町にはこれがあるよっていう一つの入り口があれば、そこから先はいくらでも地域の様々なコンテンツにつながっていくと思うんです。

僕の場合は「イヌワシ」でしたが、他にも同じような入り口がきっとあるはずです。その“見せ方”をどう自然に、シンプルにデザインできるか。そこが大事なんだと思います。

 

デザインの力と「想像させる余白」

−−さきほどお店でイヌワシのロゴが入ったロングTシャツやミストを購入させていただきましたが、ロゴやパッケージやデザインが可愛くて、つい「あれもこれも」と欲しくなってしまって(笑)。

正直、自然保護のために買ったというよりは、単純に「いいな」と思って手に取った感じだったんです。でも、あのグッズがキッカケで「イヌワシ」のことが記憶に残っていくなら、そういう展開自体がすでにひとつのコンテンツになってるんだなって、今日初めて気づきました。

茶屋さん:そうですね。やっぱりデザインの力って大きいなと思います。妻がデザイナーなのでよく話すのですが、大事なのはどれだけ“想像させる余白”を持たせられるかなのかなと。

たとえば、10割全部を伝えたくなる気持ちって、やってる側としてはすごくよくわかるんですよ。全部言いたいし、一生懸命つくってるし。でも、あえて2割だけ伝えて、残りの8割は見る人が想像したり、自分で調べたりできる方が、結果的にちゃんと届くと思うんです。

どんなに正解っぽいことを言っても、情報が多すぎると受け手が疲れちゃうというか。だからこそ、できる限りシンプルにするのが大事だと思っています。要点を押さえながら、どこまで削れるかを考える。そのうえで、“最初のフック”だけはちゃんとつくる。そのなにかがアンテナにひっかかった人は、自然と自分で掘っていってくれると思ってます。

 

ふと立ち寄った駅ナカのカフェで、イヌワシのことを知り、自然の循環に触れる。
そんな“ちょっといい”体験をつくり出すイヌワシストアには、茶屋さん自身の「しかける楽しさ」や、「伝えすぎずに伝える」想いが込められていました。

次回Vol.2では、オープンから1年を迎えたイヌワシストアで生まれている新たなつながりや、若い世代の挑戦、そして茶屋さんが描くこれからの姿について伺います。

 

 

-infomation-
イヌワシストア
イヌワシ木材について
Instagram
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