“前提”があって辿り着く悩まないデザイン。
−−ここから少し店舗のデザインのことも教えていただきたいと思いますが、今回デザインでこだわったところや悩まれた点などを教えていただけますか?
金谷さん:デザインで重視したのは動線ですね。
ここは、もともと住居専用の場所でした。そのため当然、居住者以外の方が出入りすることを想定した設計ではなかったんです。今回のリノベーションでは、カフェとなるこの場所が「“まち”につながる」ということを意識して、外から入りやすいように動線を意識しました。
施設の1階に“まち”の共用部という役割のカフェを併設するために、最も重要なことは「動線をどのようにするか」だと思っていたので、 デザインをする際に、あまり悩むことなく
進められましたね!
実は “これ”という筋が決まっていればデザインは割と悩まないものなんです。
−−なるほど!住居専用の場所をカフェにするために必要なことが見えているからこそ、悩まないものなんですね!
金谷さん:そうですね、このハイツ自然園は2階、3階のお部屋は住居専用ですが、1階は『HALO』も含めて、住居としてだけでなく店舗や事務所として利用できるSOHOです。SOHOのように役割が複合している場合においては、1つの部屋に対して来客用の玄関と住居用の玄関が必要だとか、どのような部分に配慮するべきかなど課題が明確になっているので、デザインとしてはやりやすかったですね。
『HALO』は、もとの建物の構造上、道路から一段高く、カフェにとってはネックになっていた点を、ベビーカーと一緒でも立ち寄れるようにスロープの勾配をこれくらいにしよう、という感じで具体的に考えることができました。
小野:どんな空間を作って、そこには何が必要なのかを考えることに労力をかけたからこそ、スムーズにデザインできたということですよね!
だからといって、決して“楽”ではないと思いますが(笑)!
金谷さん:はい!決して楽ではないのですが、設計面においてやり遂げられたのは考える上での“前提”があったからだと思います。
ハード側の設計は基本的に最初に実現したい全体像を考えてから、それに向かってアプローチをする方法で、帰納法的な考えで描いていきます。ただ、これは強みといえば強みですが、このやり方だけだと考える幅が制限されて、内容が膨らまないんです。その制限をとっぱらった方が、より良い場が生まれると考えていて、その時に必要なのが何のためなのかという“前提”なんですよね。
金谷さん:今回は「食体験が豊かである空間」という前提がありました。その空間づくりをするために、エスプレッソが抽出できるマシンを導入し、バリスタが一杯ずつドリンクをつくって提供するカフェとしての設計をしています。同じカフェという機能をもった場の設計でも、コンビニのようにボタンを押せばセルフでコーヒーが楽しめるようなコーヒーマシンを置いた空間だとしたら、当然また違った設計になっていきます。
そんなプロセスで生まれた空間で、美味しいカフェを楽しみながら色々な過ごし方をする方々を見ると、やはりこの場所にはカフェが必要だったんだなぁと、改めて思いますね。
何でもできる=良い空間ではない?
本当のニーズを見極めることの重要さ
−−なるほど、前提をもとに実現したいこの場所の姿が、『HALO』として可視化されたわけですね!金谷さんから“前提”のお話がありましたが、小野さんはいかがですか?
小野:僕も前提は大事だと思っていますね。そして前提を決める際には、どのようなニーズがあるかを絞り込むことが重要だと考えています。
ニーズとしてどういった機能が必要なのかなど、本当のニーズを掘り起こせているかどうかで、その場がつくられたあと、本当に必要な場として機能するかが決まってくるのかなと思っています。
今は多様なライフスタイルに合わせて、柔軟な過ごし方を選択できる場所が求められていると思うので、運営側としてはニーズに合わせて変化を起こしていく必要はあると感じています。ただ一方では、エビデンスのない状況で仮説を立てすぎたり、深読みしすぎると、運営モデルが崩壊する可能性があるので注意が必要だと思っていますね。
金谷さん:そうですよね!仮説を立てたり、深読みしていくと、「色々と出来そうだな!あれもやりたい、これもできそう!」と、つい心が躍っちゃうんですけど(笑)。『HALO』でいえば、やりたいことだけをやるんじゃなくて、インフラとしてのカフェという視点を忘れるなって話ですよね。
小野:そうですね!ニーズの見極めは難しい部分ではあるので、金谷さんの気持ちもすごくよくわかります!
それに、今は、その場において、様々なものがあり、色々な事ができるという“コンテンツの量の豊富さ”が評価されている部分もあるかと思います。
でも、ユーザーからすると1個に絞ったコンテンツで十分な場合もあると思うんですよ。
例えば、自分が子どもと出かけた時を思い返すと、コンテンツがたくさんある場所に行っても1箇所で終わることがあるんです(笑)。
そして翌週また同じところに行っても、結局同じものしか見ないというように、コンテンツが多くても、持て余してしまう状況も多々あります。
−−コンテンツが1つで良いという感覚、私もわかります!
でも、そのコンテンツだけだったら、ちょっと物足りないって感じて、他にコンテンツがないのかと探してしまう自分もいそうです、、、難しいですね!
小野:そうなんですよね!
逆に旅先で自然を満喫しながら読書しようと思っていたのに、いざ行ったら観光資源を探している自分がいて、コンテンツの数を求めることもありますね。それだけ情報や目的も多く、人それぞれの過ごし方が多様になっていると思います。なので「場」を使う目的を限定するのではなく、人それぞれの様々な過ごし方を受け入れることができる受け皿としての「場」の要素が必要ではないかと最近は特に思っています。
人々の過ごし方に選択肢を。
日常に溶け込みながら変化を生む、丁寧な場づくり。
−−確かに、今の時代、様々な過ごし方ができる受け皿としての場は求められそうですね。その視点で考えると、これまでなかったこの場所にできたカフェ『HALO』に来店するお客さんはどんな目的を持って来るのか、どんなお客さんのニーズにフィットすると思いますか?
小野:そうですね、目的というよりは、普段過ごす時間の中で、これまでとは違った場所で過ごしたいという時に、『HALO』が選択肢になるのではないかと思います。今までは自宅でコーヒーを飲みながら仕事をしていたり、シチュエーションを変えてリフレッシュしていた人たちにとって、今度は『HALO』がその役割を果たせる場になるかも知れないですね。
金谷さん:確かに、普段の生活の場を変えると新たにマインドセットができるキッカケにもなりますもんね!
サードプレイスが必要な理由も同じで、自宅でやると気が重いけど、場所を変えると捗る。だから気軽に行ける心地よい「場」が求められるんでしょうね。
小野:そうだと思います!
その場合、自分のモードチェンジのために目的を持って場を変えにいくから、コンテンツがたくさんある必要はないと思うんですよね。
もちろん、時間を潰すためにたくさんのコンテンツが欲しいという方々も中にはいると思いますが、いつもと変わらない日常が流れている中で、何かしら変化があって、その変化を起こしたり、受け止めたりするための余白があるのが、僕らの考えるカフェの存在や在り方だと思うんです!
−−なるほど!私自身もモードチェンジ、マインドセットっていう時に場を選ぶことが結構あります!誰もが利用できるカフェといった場があると、確かに“まちに開かれた場”になりますね。
−−『HALO』の完成後、オーナー様もかなり喜んでいただけたのではないでしょうか?
金谷さん:今までこの地域になかったカフェができて、「すごく感動した!」という反応というよりは、ナチュラルなリアクションで「アップデートされた!」ということに安心していただけたのかなと思います。
オープンしてからも、お店によくいらして、お知り合いの方々と過ごしている姿など、オーナー様自身もこのカフェをご自分に合った使い方をされ、楽しまれているのを見ることができるのもとても嬉しいですね!
小野:確かにそれは嬉しいですね!
オーナー様がそういった反応なのは、きっと僕らの想い描いた場に近づけて、安定したクオリティを出せたから安心した、というようにもとれますね!
僕は、そうした反応がすごく大事だと思ってるんです。
それよりも起こり得る事実をしっかりと丁寧に伝えながら進めて、育てていくことが大切だと考えています。そうでなければ、本当にいい場が生まれないと思うんですよね。
金谷さん:そうなんですよね!オーナー様ともコミュニケーションを重ねて認識のすり合わせをしながら、オーナー様の想いや意向を踏まえて、地域インフラとして持続できるようにしていきたいという想いは私たちも強く持っていました。
今回もオーナー様には計画段階の時点から「こういう風に変わると、今後こんな変化が起こるかもしれない。だから、プロジェクトに関わる全員で考えながらやっていく必要があります」ということをお伝えして進めて行ったんですよ。
小野:本当にそういった丁寧なコミュニケーションがすごく大事で、尚且つ事業者が自らしっかりと説明し、お伝えして、同じ方向を向きながら進めることは本当に大切だと思います!!
“カフェは存在概念?”を問い続ける、場づくりのパートナーシップ
−−お二人のお話を聞いていて、本当に必要な場を作るためには必要なことを丁寧に洗い出し、コミュニケーションをとりながら、「伝えることは、しっかりと伝えていく」ということの大事さが良く分かりました。そのためにカフェという「場」が必然で、「 価値ある場」にするための“装置”になるということも納得です!同時に、飲食店ではデメリットとされる条件の「駅からの遠い場所」になぜカフェをつくるのかという当初の疑問は、今回のプロジェクトにおいては、完全に無意味だということが分かりました(笑)!
今回のインクアーキテクツさんのような設計者とYuinchuのような事業者が連携して一つのカフェを立ち上げたり、場を作るということが、今後本当に必要な場づくりのカタチになっていくのかなと思いました!
小野:そうですね!今回の事例が一つのカタチになると思います。
今回のようなプロジェクトの場合は必ず大きな絵を描く役割と、環境、状況や様々な意見を取り入れ、ボトムアップで内容を詰める役割がありますが、これらは同時に動いているんですよね。
その時に、状況によってどのような形にも「可変できるポイント」を作っておくことを意識していました。そうしておくと途中で何か変更する必要がある場合でもやりやすいと思います。
そして、このカタチで進めていく時には、先ほどもお話ししたようにやっぱり全員が“同じ目線”であり、“同じ方向を向いている”と依頼者に伝えることが大切ですね。
一番してはいけないのは、設計サイドも事業者サイドも依頼者に対して「何も分かってないな」という態度を取ることだと思っています。
依頼者の想いを形にすることが目的なので、コンサルティングをするという考えではなく、パートナーシップを組んでいる気持ちが重要だと思いますね!
金谷さん:本当にそうですね!設計側と事業者側は、依頼主の前を歩かないほうが良いってことですよね!
そして今回振り返ってみて、改めて「カフェ」とは非常に抽象的な存在概念だなと思いました(笑)。
このプロジェクトの初期に小野さんと「カフェとは?」についてたくさん話しましたけど、オープンした今もやっぱりまだ抽象的だなと思いますね!
小野:それは僕も同じです。
そして年々、「場」においてのカフェが持つ存在意義や役割はこれだ!と確信に変わっています(笑)!
−−カフェそのものには意味があるけど、場を動かしたり、コミュニケーションの接点としての役割も担うものですもんね!確かに私も存在概念に思えてきました、、、この地域と『HALO』が一緒に育っていくのを見届けながら、自分なりの答えを探していきたいと思います(笑)!本日は長時間にわたってお話しいただき、ありがとうございました!
「駅から遠い」「カフェニーズが読めない」といった、一般的にはネガティブに捉えられる条件さえも、視点を変えれば“その場所である必然性”に変わっていく。
依頼者の想いに寄り添って、設計者と事業者が対等な関係で目線を合わせ、対話を重ねたからこそ生まれた『HALO』は、これからの場づくりの在り方の一つになりそうです。
“まち”にひらかれ、地域をつなぐ場『HALO』とともに、「50年後も魅力的であり続ける場所にする」そんな未来が想像できますね!
– Mo:take VOICE –
– Information –
店舗名 :HALO(ハロー)
場 所 :東京都目黒区中目黒5丁目7−33
営業時間:9:00〜16:00 ※不定休