2018.11.20. | 

[Vol.1]農家も地域もおいしい関係がここに。神奈川県・藤野「ビオ市」

神奈川県相模原市の山間部「藤野(旧藤野町)」という地域で、3年前に始まった「ビオ市」。藤野とその近隣地域に圃場を構える有機農家さんの野菜が購入できる月2回のオーガニック・ファーマーズマーケットです。全国にファーマーズマーケットは数あれど、農家さんや協力者、お客さんが密に繋がり、これだけお互いの顔が見えている市は、珍しいのではないでしょうか。ビオ市を運営する事務局のみなさんに、ビオ市に込められた思いを伺いました。
[Vol.2]農家も地域もおいしい関係がここに。神奈川県・藤野「ビオ市」
[Vol.3]農家も地域もおいしい関係がここに。神奈川県・藤野「ビオ市」

なんでファーマーズマーケットがなかったんだろう

平日の午前中に開催されるファーマーズマーケット。「そんなの誰が行くの?」と思う人も多いかもしれません。けれども、神奈川県相模原市・藤野地区で開催されている「ビオ市」は、毎回大勢の人で賑わっていて「これが平日?」と驚いてしまうほどです。

ビオ市が始まるきっかけとなったのは、現在も事務局を務める土屋拓人さんが起こした小さなアクションでした。2012年に、友人知人の有機農家さんの野菜を販売する無人販売所「土屋商店」を自宅前に設置したのです。

 

土屋さん:ひとりで頑張っている有機農家さんが何軒もあることがわかったので、余った野菜を売れるように、50cm×2mの棚を、地元の空間アーティストにつくってもらいました。それで、(地域の情報交換などに利用されている)地域通貨よろづ屋のメーリングリストに情報を流してみたら、毎回完売するようになったんです。

 

土屋さんの自宅は、メインの通りからはだいぶ奥まっていて、それを目的にしないとけっして行かないようなところ。それでも毎回完売する様子を見て、これほどの需要があったことに、土屋さん自身も驚きました。

 

土屋さん:そのうち、ほかにも有機野菜を販売する場所がいくつかできたので、全部まとめてファーマーズマーケットをやったほうが早いのかなと思い始めて。デザイナーの友人に相談したら「それ絶対やったほうがいい! ていうか、なんで今まで藤野にはファーマーズマーケットがなかったんだろう」って言われたんです。じゃあやるか! となって、農家さん1軒1軒に電話して協力をお願いしました。

 

2015年12月、連絡したほぼすべての農家さんの賛同を得て、第1回のビオ市は開催されました。

ビオ市の魅力は、交流を楽しむ気持ちから生まれている

土屋さんは、第1・3火曜日の朝8時〜11時という、あえていちばんお客さんがこなさそうな日時を設定しました。イベントの多い藤野では、週末に開催すると必ず何かしらのイベントと被ってしまうこと、平日のこの時間帯でもある程度の集客が見込めれば、継続してやっていけると考えたからでした。

ビオ市は、けっして規模の大きいファーマーズマーケットではありません。しかし、そこにはビオ市ならではの工夫が満載で、1度訪れると、ゆるくも暖かな雰囲気に誰もが魅了されてしまいます。

たとえば、以前は都内のクラブでさまざまなパーティをオーガナイズしていたという土屋さんらしく、朝の穏やかな空気にぴったりの音楽をかけてくれるDJがいます。パン屋さんやお菓子屋さん、珈琲屋さんも出店していたり、ビオ市に参加している農家さんの野菜を使った朝ごはんも食べられます。また、健康という観点から、食だけではなく体のメンテナンスもできるようにと、マッサージやヒーリングなどの癒しブースも用意しました。ビオ市のなかで、小さなイベントが開催されることもあります。

集客は初回からほぼ変わらず、常に駐車場はいっぱい。最近では、噂を聞きつけて都内から遊びにくるお客さんもいるそうです。

 

土屋さん:普通、ここまでお客さんは集まらないんじゃないかなって思います。なんでこんなに定着したんだろうって考えると、藤野は、農家さんがもってるこだわりを楽しそうに聞くお客さんばっかりなんですよね。そういう土壌が、もともとあったんじゃないのかな。

 

野菜を買うだけでなく、農家さんとの交流も楽しむ。どうやら、多くのお客さんがその気持ちをもっていることが、ビオ市独特の暖かな雰囲気を生んでいるようです。

これからは、外にも目を向けていく

藤野駅前でフェアトレードショップ「藤野ライトハウス」を経営している上條理絵さんは、1年半前から事務局に参加しました。

事務局の仕事は、当日の運営だけではありません。チラシづくりやSNS上の告知、売り上げの計算、地元のスーパー「まつば」のビオ市コーナーへの出荷、さまざまな企画の実現に向けた準備、ときには農家さんの相談にも乗ったりと、当日以外もやることが山ほどあり、かなりの時間が割かれます。

じつは以前、ほぼボランティアでビオ市の運営をしていた土屋さんは、いろいろなことを頑張りすぎ、経済的にも行き詰まって体調を崩したことがありました。なんと今より15kgも痩せてしまい、りえさんは「本気で死んでしまうんじゃないか」と心配で、土屋さんをサポートするようになりました。そして気づいたら事務局のメンバーになっていたそう。

 

上條さん:感触として、ビオ市は第二のステージに入ってるのかなという話はよくしています。もともとは「藤野に有機野菜が買える場があったら嬉しい」というところから始まってると思うんですけど、ビオ市には何か魅力があるみたいで、どういう仕掛けでこんな楽しいことができてるんだろうって興味を持ってくださる方が増えています。だから、内だけじゃなくて、外(都市)へも出ていく時期なのかなと。

農家の力になれるように、販路開拓もしていきたい

地元のお客さんからすれば、ビオ市があればそれでニーズは満たされているわけで、ある意味で、外への広がりはそんなに関係がありません。それでも、事務局のみなさんが外に出て行く時期だと考えているのはなぜなのでしょうか。

 

土屋さん:ビオ市をやっていけばいくほど、農家がどれだけ大変かということがわかってきました。だから、ちょっとでも力になれるように、販路開拓もしていきたいと思うようになったんです。

 

たとえば神奈川県では、新規就農した農家さんは5年間、交付金を受け取ることができます。しかし、それをもらってなんとか生活が成り立つ、という人がほとんどで、交付金が打ち切られたあと、農家として生計を立てていくのはかなり大変なのだそう。

 

上條さん:ビオ市みたいに定期的にコミュニケーションがとれる場は、メンタルの意味でもすごく大事だし、お金に換えられない価値は農家さんも感じてくれていると思います。でも実際、それだけじゃ食べていけません。そこのボトムアップをできたらいいなと思っているんです。

 

ちなみに、月10万円、年収100万円を超える有機農家は、全体の1割程度で、これは有機農家の「10万円の壁」と言われているそうです。

 

土屋さん:でも藤野では、ビオ市とスーパーまつばの売り上げで、10万円の壁を突破できる人が増えています。ビオ市でのつながりから、個人に直接宅配している人もいるみたいです。そういう意味で、販路の拡大には、少しは貢献できてるのかなと思っています。
でも100万円を超えたら、次は300万円の壁がある。ある農家さんが言ってました。月20万円稼ごうと思ったら、休みもなく、1日中仕事するしかないって。

 

その大変さを知ったからこそ、頑張る農家さんの力になりたい。それが、土屋さんがビオ市を続けてきた原動力のひとつなのです。(つづく)

ビオ市存続を目指して!クラウドファンディングを実施中!

そして現在、ビオ市の健全な運営と農家さんの収益につなげることを目指し、クラウドファンディングにも挑戦中。ファンドの金額に応じて、ビオ野菜が詰まったBIOBOXが届きます。ここでもビオ市は、ただ野菜を宅配で届けるだけではありません。藤野というまちの魅力を感じてもらおうと、在住芸術家のアート作品やクリエイターの手がけるグッズなどを同梱する予定だそう。高額のファンドには、藤野リトリート体験ツアーなど、実際に藤野を楽しんでもらう特典もついています。

「クラウドファンディングで定期宅配が実現すれば、今の倍の野菜が出荷できるようになります。僕がまた病まないように、事務局の運営費も少しは賄えるかな(笑)」と土屋さん。

ファーマーズマーケットは、お客さんのためであると同時に、農家のためでもある。お客さんは、ビオ市というリアルな場があることで、自分の「買う」という行為が、農家さんの応援につながっているのだと実感できます。農家さんにとっても、そうしたお客さんとの対話は励みになるでしょう。顔が見えるからこそ、お互いの思い合いが暖かく、楽しいと感じられるのではないでしょうか。

そして、これから外に飛び出していこうという理由も、そんな温かい、相手への思いに端を発しています。なぜビオ市が地域内外から注目され、多くの人で賑わうのか。それは、ビオ市がこうした多くの思いによって育まれ、ゆるやかに進化し続けるファーマーズマーケットだからなのかもしれません。ビオ市の今後の展開にも注目です。

 

– Information –

ビオ市
WEB : https://bio831.com/

クラウドファンディング実施中!2018年11月30日まで!
「町が丸ごとローカルデザインのアート作品! 藤野の魅力が詰まったBIOBOX発信!」
WEB : https://camp-fire.jp/projects/view/70390

平川友紀

ライター / 平川 友紀

リアリティを残し、行間を拾う、ストーリーライター/文筆家。1979年生まれ。20代前半を音楽インディーズ雑誌の編集長として過ごし、生き方や表現について多くのミュージシャンから影響を受けた。2006年、神奈川県の里山のまち、旧藤野町(相模原市緑区)に移住。その多様性のあるコミュニティにすっかり魅了され、現在はまちづくり、暮らしなどを主なテーマに執筆中。通称「まんぼう」。